君を――したい

02

02.君の役を奪いたい

 他人のことなんか、わからないのが普通だ。
 けれど、自分と似たような人間に関しては、理由抜きに”わかる”もの。

 彼という存在は、どうやら私と同属らしい。
 鏡越しに見る自分――同属には、苦く複雑な想いがフツフツとわく。

 私は――君の役を奪いたい。


  *  *  *


 住宅街の一角にある、遊具の少ない公園に、私は研磨と一緒にいた。
 澄んだ青い空に春らしい陽気が心地良い。
 公園の木々がサワサワと葉を揺らして、なんと爽やかなことだろう。

「………………」
「………………」

 しかし、そんなナイスな環境も、私達2人のぎこちない空気を吹き飛ばしてはくれない。
 無言で立ち尽くす私達。研磨の手にはバレーボール。

 小一時間前。
 研磨のおばさんが「一緒に遊んであげて」と、バレーボールを持たされた研磨を押しつけて行った。
 当の本人である研磨は、ひどく不満そんな顔を浮かべている。
 引きこもってゲームばかりするな、と言われたらしい。
 今すぐ帰りたそうだけれど、おばさんが強いのか、渋々ボールを持って公園まで一緒にやって来た。無言で。

「……研磨はバレーボールよくするの?」

 移動中も、ほぼ会話はなかった。
 今もただ、公園にいるのに二人して突っ立っているだけ。
 こうしていても埒(ラチ)が明かないので、研磨が答えやすいように問いかけた。

「……え、あ……うん」

 一度、目が合ったものの、すぐに俯いて、手元のボールに視線を戻してしまう。
 ボールをコロコロと回して落ち着かない。
 何か言おうとしているならと、私は急かさないで黙って研磨が口を開くのを待った。

「…………友達が、『やろう』って……いつも引っ張ってくから……」

 コロコロ……クルクル……ボールが彼の手の中でせわしく回る。
 研磨の目はジッとボールを捉えたまま、私の方へ移ることはなかった。
 けれど、言葉は確かに私へと向けられている。

 きっとこれが彼の精一杯。
 私はそれだけで十分に嬉しかった。

「せっかく公園に来たんだし、ちょっとやってから家に帰ろうか。
 あ、私あんまうまくないけど、人ん家の窓ガラス割らないようには気をつけるから」

 冗談交じりに、にっと笑って見せた。
 ボールばかり見ていた研磨が顔をあげて私を見る。
 きょとんと見開いた目。どこか安堵の色が浮かんでいた。

「……うん。ちょっと……やってから……帰る」

 わかりやすくて、心の内で苦笑する。

(やっぱり、『早く帰りたい』か)

 仕方ない。まだそれほど親しくなれたわけじゃない。
 急いで、嫌われたくない。
 ゆっくり君の傍にいられるようになれたら、それでいい。

「じゃ、はじめようか」

 トッと研磨から離れて、パスに丁度良い距離をとる。

「あ……うん」

 少し戸惑いを見せたけれど、研磨は軽くボールをスッと真上にあげるとオーバーハンドパスで私にボールを送る。
 今まで彷徨っていた視線とは裏腹に、彼のオーバーは真っ直ぐ私の額に届いた。

(すごく、真っ直ぐだ)

 ボールも、研磨の目も。
 正面で向かい合わせにパスをしているから、よくわかる。

 ボールを、そしてパスの相手である私を真っ直ぐ捉える。

(はじめて、真っ直ぐ目が合った)

 なんだか嬉しい。
 けれど嬉しさに浸っている暇は無い。私もボールを返さなくてはいけない。

 手をあげてオーバーの構えをとったところで、頭上に影が入る。ボールのではない。

「ナイス、研磨」

 頭元で声がする。
 私の直ぐ背後に人がいた。

 声の主が私の頭元でボールをキャッチする。
 目的のものが手に触れること叶わず、私は両腕を降ろし、振り返る。

 逆立った黒髪の男の子が意地の悪い笑みを浮かべて立っていた。

「よ。俺もまぜろ」

 背は私や研磨より高く、年上なのかもしれない。
 そして、どうやら研磨の知り合いらしい。
 私と研磨の間にズカズカと入ってきた。

「クロ」

 私に話しかける時とは違って、研磨はしっかりと彼の顔を見ていた。
 ……ちょっと、悔しい。

「なぁ、研磨。こいつは? 珍しいよな。お前が誰かと外で遊んでるのって」

 親指でクイッと私をさして、クロと呼ばれた男の子が訊ねる。

「……え、お隣さん」

 間違ってはいないけど、なんだか悲しくなるような答えだった。
 研磨に悪気があったわけじゃないだろうから、気にせず目の前の男の子に声をかける。

「はじめまして。研磨の家の隣に引っ越してきたです」

 私の自己紹介を、どこか冷めた眼差しで聞いていた男の子は、スッと人の良い笑みを浮かべた。

「そう。はじめまして、俺は研磨の親友の黒尾鉄朗。よろしく」

 和やかに差し出された手を握り、握手する。
 ほほえましい光景。……けれど、よく見れば目は笑っていない。
 私を観察するように見下ろして、無遠慮な視線を突き刺さしてくる。

 初対面だというのに、訳がわからない。
 ……わからないはずなのに、なんとなくわかる。

「おっし。いくぞ研磨!」

 さも当然の流れで、黒尾君がバレーボールに加わった。
 楽しそうに笑う目の前の二人。

(……そっか)

 研磨のことに関して、彼と私は想うことが近いのかもしれない。
 そして、彼はおそらく私があんまり気に入らないんだろうと思う。逆に私もだ。

 私と二人っきりの時のギスギス感は何処へやら。
 黒尾君が羨ましくて仕方ない。

 私は――君の役を奪いたい。


-Powered by HTML DWARF-