君を――したい

03

03.もっと君に近付きたい

 人の距離も、早さと時間に比例する。

 どんなに早く君のもとへと急いでも、時間が少ないほどに、距離はなかなか縮まらない。
 だから、私よりもずっと長く傍にいる人に、今はまだ敵わない。

 どれだけの時間が必要だろう?

 私は――もっと君に近付きたい。


  *  *  *


 4月。入学式の日。

 3年であっても転校してきたばかりの私には、新入生と同じくらい、いや、それ以上に落ち着けなかった。正直、緊張しかない。

 玄関の掲示板には今年のクラス割りが張り出されていて、人集りができていた。
 私は一人、人混みを掻き分けていき、名前を探す。私と研磨の名を。

「やった。同じクラス」

 クラスを確認すると、人集りから少し離れた所で待っている研磨に駆け寄る。「人が多いの……苦手だから」となかなか家を出ようとしないのを引っ張り出してきたのは私。なので、クラスの確認くらいはしてあげる。

「よぉ。研磨のクラスどこだった?」

 研磨の元に戻ると、黒尾君が研磨の隣で笑っている。

(……なんか気に入らない)

「……私と同じクラスだよ」

 研磨の方を見て答える。
 俯き気味だった研磨は私の方をチラっと見て、再び視線を落とした。

「……よろしく」

 まだ、ぎこちない素振りに苦笑する。
 黒尾君はというと、奇妙なものを見るような目で私を見ていた。

「デキスギだな」

 静かに吐き出された言葉に、ぞわり、とした。
 思わず、そっと一歩引き身構える。
 けれど、私の警戒を余所に、彼は一瞬に二カッと笑みを浮かべた。

「ま、お互いよかったじゃねーか。話せるヤツが一人でもいるってわかって、なぁ研磨」

 ポンポンと研磨の肩を叩く。
 8割以上が研磨に向けられた言葉だけど、心の中で私も頷く。

(……一緒でよかった)

 けれど、研磨は迷惑そうに口を尖らせてぽつりと言う。

「……おれ、別に話すヤツいなくていい。話すの苦手だし……」

 プスッと細い針が刺さった。
 悪気があって言ったわけじゃないってわかってる。
 だけど、正直、今の言葉は……痛い。

 笑って「そんなこと言わないでよ」って返せばいい。
 それなのに、喉の奥で言葉が詰まって出てこない。

 眉をひそめた黒尾君と目が合う。
 きっと、今の顔は情けない事になっているんだろうな。

(……かっこわるい)

 ガキ臭い感情に囚われている自分が、情けない。
 なんとか顔に出さないようにと、すればするほど引きつる。本当にかっこわるい。

「……はぁ」

 黒尾君が溜息を零した。
 そして彼は研磨の背中をバシンと叩く。
 研磨は前のめりになるものの踏みとどまり、面倒くさそうに黒尾君を見上げた。

「……なに、すんの」
「このバカ。話すときは顔見て話せ」
「……え……あ」

 かち合う目。
 バレーをしている時と同じ、澄んだ真っ直ぐなもの。

 違うのは私。目を、そらした。

 見開かれた彼の目を……見たくなかった。

「………ごめん。が嫌とかじゃなくて、一人の方が……」

 そこまで言いかけた研磨の頭を、黒尾君が手でわしづかみにする。指先に力がこもっているのが、わかる。

「あー……もう、いい。研磨には難しいことだったな」

 頭が痛いとばかりに、空いてる片手を額に当てて数秒。
 そして、言葉がまとまったらしく私を見る。
 とても穏やかな表情で。

「コイツこんなだけど、よろしく頼む」

 ぐいっとそのまま研磨の頭を下げさせる。
 そんな黒尾君は、まるで世話のやける弟を持つ兄のよう。
 そんなポジションを「いいな」と小さな嫉妬を抱いてしまう。

 けれど、そんな事よりも戸惑った。

 今まで警戒されているような、面倒くさいものを見るような扱いだったのに、これじゃまるで……私が心配されている。

 たった1つ学年が違うだけなのに、こんな対応してくるなんて……黒尾君は、ずるい。なんだか嬉しく感じてしまう。

「うん。大丈夫」

 せめて、負けるもんかと笑って返す。

 あと何歩、近付けば黒尾君に並ぶのだろう。
 あと何十歩、近付けば黒尾君を追い越すのだろう。

 そっと研磨の袖を掴む。

「クラスがわかったんだし、行こっか」

 すっと俯いたかと思うと、研磨はやや顔を上げた。

「……うん」

 慣れないらしく、目線がキョロキョロしてる。
 可愛らしくて、そして、嬉しかった。

 研磨を連れて、一歩、踏み出す。

 まだまだ、ぎこちなくて、もどかしい距離。


 私は――もっと君に近付きたい。


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