君を――したい

07-1



「よぉーし! 今日はオバケ退治すんぞー!」

 一つ上の学年の黒尾君は、授業が終わるのが少し遅い。
 公園へやって来て早々、彼はぶっ飛んだことを言ってきた。

「……ふーん」
「いってらっしゃい」

 私も研磨も興味なさげに応えて、ゲーム画面に向き直る。
 今は研磨と対戦ゲーム中。
 手練れの研磨が相手、ちょっとの油断が命取りになる。

「おい。聞けよ」

 黒尾君が強制的にゲームを終了させる。

「あー……」
「クロの馬鹿」

 私は不服の声を漏らし、研磨は口を尖らせた。

「外に出て来てまでゲームすることないだろー。
 俺が面白いところ連れてってやる。その名も『オバケ団地』!」

 両脇に腕をやって、黒尾君はふんぞり返った。「どーだ!」と言わんばかりの顔で。

(……胡散臭い)

「……すごくバカっぽい」

 私は心で思うだけで口にはしなかったが、研磨はサラリと言ってしまった。
 盛り下がった雰囲気など気にならないようで、彼は声を潜めて続けた。

「俺のクラスのヤツが噂で聞いたんだけどな。
 西の町外れにある、今はもう古びた誰も住んでないはずの団地。その屋上に白い人影が現れてスッと消えたんだと」

 彼の目が私達二人に「怖いだろ?」と訴えているが、残念なことに二人そろって冷めた目をしていた。

「……そんなの見間違いでしょ」
「私も、そう思う」

 研磨が、ばっさりと切り捨て、私もそれに賛同する。
 ふと横にいる研磨の顔色を窺う。
 そこに恐怖は浮かんでいない。ただただ「面倒くさいのは、嫌だ」と書いてあった。

「お前らなぁ。もっと子どもらしく夢を持てよ」
「……オバケに夢を抱くの?」

 私は思わずツッコミを入れた。

 冗談を言い合う雰囲気……には、ならなかった。
 黒尾君は無言で私を見る。まるで何かを探るように。

(……え、ちょっと怖い)

 黒尾君は時々、怖い。
 口元に笑みを浮かべていても、その目が冷たく私を突き刺すように見る時がある。
 ……理由はわからない。

「大体、オバケ退治って……クロは、どうやってオバケを退治するの?」

 妙な雰囲気になる前に、研磨が黒尾君に問いかけてきた。
 それにニッと笑うと、彼は握り拳を作って言った。

「そんなの、男なら拳に決まってるだろー。こうやって……」

 シュッシュッ……とボクシングをするように、拳を突き出して見せた。
 その様子に研磨が呆れる。

「……オバケに拳が利くわけないじゃん」
「やってみなきゃわかんねーだろ。研磨はどーするんだよ?」
「……………………死んだフリ、とか」

 自信なさげに目を逸らす研磨と目が合った。

は?」

 自然に、話を振られた。

 私個人に話を振ってくるのは研磨くらいだった。
 黒尾君は、私と研磨の”2人”に話しかけることはあっても、私個人に話しかけることはない。
 研磨に話を振られた私を、彼は笑みは浮かべているものの、どこか冷たい目で見ていた。

「えーと、私は……逃げるよ。
 得体の知れないもの相手に、真っ向勝負する気なんてない」

 わざわざ自分から、危ないことに突っ込みたくはない。

「……ふーん。情けねーな」

 黒尾君がくるりと背を向ける。
 ざわざわと、風が木の葉を揺らした。

「じゃ、行くぞ」

 どうしてそうなるのか。
 それは黒尾君だから、としか言いようがない。

 何を言っても引きずられて行くのだろうと、研磨と顔を見合わす。

 風が、私達の背を押している。

(……得体が知れないものに、関わる気なんてない)



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