君を――したい

07-4


 エレベーターで、はぐれた研磨は建物の入り口に座り込んで、2人が来るのを待っていた。
 無闇に動き回らない方がいいと、研磨は思ったからだ。

(2人なら、おれを探しにくる。そこは信頼していい。心配はいらない)

 いつも通りゲーム機を取りだし、2人を待つ。

(でも、心配するとしたら……)


  *  *  *


 黒尾が研磨を見つけた時も、相変わらずの自分ペースで、ゲーム機をいじっていた。
 黒尾に気がつき、研磨は顔をあげる。
 しかし彼の後ろに誰もいないことを認めて、眉をしかめた。

「クロの馬鹿」

(心配なのは、がおいて行かれること)

おいてくるとか、サイテー」
「え? あぁぁぁ! いないっ!」

 どうやら研磨に言われて気づいたらしい。
 両手を頭にそえ、後ろに仰け反り「しまったぁぁぁ!」とわめく。

「クロの馬鹿。ほんと馬鹿」
「わりぃ……お前捜すのに必死だった」

 彼の言うとおり、研磨に捜すのに必死で、後ろに付いてきていないに気づかなかったのかもしれない。

(けど……きっと、それだけじゃない)

 何故か、存在を感じにくい子だった。
 いつの間にか、いる。いつの間にか、いない。
 それが”当たり前”と思うくらい。

(せっかく、慣れてきたのに……)

 何処か得体の知れない子。
 けれど一緒に過ごすうちに、だんだん違和感は薄れていた。

 チラッと研磨は建物の奥を見やる。
 この場所も”得体の知れない”感じがして、なんだか嫌だ。

 最初に出会った宅配業者のおじさんも、なんだか変だった。
 今思えば、外に宅配のトラックが止まっているのを見た覚えがない。

が”得体の知れないモノ”に戻っていたら……嫌だ)

「おい。俺、捜してくる。研磨はここで待ってろ」

 動き回るのは黒尾の役目。
 入れ違いになっても困るので、研磨は頷く。

 今にも走り出しそうな黒尾を呼び止める。

「クロ」
「ん?なんだよ」
「えーと……あー……気をつけて」
「おう! 勿論だ!」

 ぐっと親指を立てて応える。
 言いたいことが伝わっていない、と研磨は思った。

「そうじゃなくて。…………そのー……オバケは、いると思うよ」

 どう言えば伝わるだろうと、考えて考えた言葉だった。

「わかってる! 敵はオバケだな! よしっ! この身に秘めた力を見せてやる!」

 シュッ! シュッ! 勇ましく腕を振るうと、再び建物の奥へと走って行った。

「あー…………たぶん、なんとかなる」

 なんとなく大丈夫だろうと研磨は、再びゲームはじめる。

(……早く、帰ってこないかな)

 やはり、ただ待つのは不安だった。


  *  *  *


 薄暗い鉄筋コンクリートの階段。
 行く手を阻まれ、引き返そうとした先に、男の子。
 黒尾君がいた。

(おいて行かれたと思っていたのに)

 私は思わず、彼をまじまじと見やる。

「そんなに怖かったか? 建物中に声、聞こえてたぞ」

 ――カツン、カツン

 黒尾君は「しょーがねーな」と笑いながら、一段、一段と階段を降りてきて、私に近付く。

「……いつの間に」

 そう、いつの間に彼は私の背後にいたのだろう?
 あれほど耳を澄ませていたのに、全然、足音を拾えなかった。

「せっかくだから脅かしてやろーって思ってな。俺、忍び足得意だし」
「隠れて、待ち伏せしてたの? ……研磨探すのをほったらかして?」

 つい、声に苛立ちが混ざる。

「勘違いすんなよ。ちゃんと見つけたって。
 でも、気づいたらお前いないし探しに来てやったんだ」

 ざわざわ、ざわざわ……不安でざわつく。

(黒尾君を見失ってから今に至るまで、そんなに時間がなかった気がする)

 どうやってセットしたのか不思議な逆立った髪。
 四六時中、目つきの悪い細い半目。

(どう見ても黒尾君だ。けど……)

「ほら。次は、はぐれんなよ」

 気づかうように、そっと優しく差し出された手。

(彼は、こんな気づかいができただろうか?)

 手を取るのを、ためらう。

「あのなー。そーいうの、いくら俺でも傷つくぞ。
 研磨にはベッタベタに甘いくせに……。お前、俺のこと嫌いか?」

 ズキンと胸が痛い。”嫌い”というわけではないけど……あまり進んで関わりたくはなかった。

「……ごめん。そうじゃなくて、ちょっとビックリしただけ」

 ばつが悪い。
 私は笑ってごまかすと、その手を取った。

「よっし。行くか」

 ぐんっと手を引いて階段を上がっていく。

 こんなに嬉しそうに私に笑いかける彼を、私は知らない。
 握り合う手と手が、随分とあたたかった。



-Powered by HTML DWARF-