短編

対立2


これは一体なんの嫌がらせか、と双方顔を歪ませた。

きらびやかなダンスホール。
そこで、ミストレは黒いタキシードに身を包み、は白いドレスをまとっていた。

二人は王牙学園の代表として、とある貴族のパーティでダンスを披露しなければならなかった。
これも一つのパフォーマンスという名のミッションだった。

ミッションならばいかなる内容であっても、こなさなければならない。

けれど、よりにもよってこのペアを組む上層部に、何か陰謀を感じずにはいられなかった。

「俺の足を引っ張るような真似はしてくれるなよ。普段がガサツなだけに非常に心配だね」

にのみ聞こえるように、そっと囁いた。

「おや。ミストレーネ・カルス。貴方はドレスを着用しなくていいのか?……あぁ、一応性別は男だったな。すまない忘れていた」

皮肉で返すも、彼は余裕の笑みを浮かべた。

「そうだね。君の着ているドレス。男のような君よりは、清楚に見目麗しく着こなす自信はあるよ」
「私も貴方の着ているタキシードを、より凛々しく着こなす自信がある。いっそ交換でもするか?さぞ、良いパフォーマンスになることだろう」

首を縦に振るはずがない。女がタキシードを着るのはさほど奇妙ではない。けれど男がドレスを着てダンスを踊ろうものなら、とんだ笑い者だ。
まして、ミッション中にしでかそうものなら、即退学処分だろう。

はニヤつく口元を隠しもせず、ミストレの動向を伺った。

思考停止で固まっていたかと思えば、不吉なほどに穏やかな笑みを浮かべて近づいてきた。

「いいね。素晴らしいアイディアだ。流石はさん」

我が耳を疑った。

ミストレはの手を取ると、ダンスホールを抜け出して、休憩室として解放している客室の一室に連れ込んだ。

途中あらがおうとするも、ヒールをはいている今、なかなか自由にならない。
加えて、ミストレの力が、その華奢な容姿に似合わず、思いの外強いもので、あらがうことができなかった。


 * * *


「……なんのつもりだ?」

怪訝な顔でそう問う。
今は、ミッションを遂行している最中だ。
何を考えているのか、にはさっぱり理解できなかった。

客室の電気は点いておらず薄暗い。
を連れ込んだミストレは背を向けて立っていた。

「ムカつくんだよ」

吐き捨てるように放たれた言葉に、苛立つ。
どんなに気に入らない相手だろうが、ミッションにまで私情を持ち込むのは、王牙学園の生徒として失格だ。

「ミストレーネ・カルス!私たちはお遊戯をしに来たわけではない!ミッション遂行のためにこの場にいるのだぞ!」

サッと彼の姿が消える。
姿を確認するより、手首を捕まれたことに気づくのが先だった。

ミストレはの手首を掴むと、姿勢を低くし、そのまま背負い投げを決めた。

完全な不意打ち。

投げ放たれた先は、客をもてなすためにあつらえられた、最上級のベッド。
衝撃などほとんど感じない。

けれど、そんなことはどうでもいい。
すぐに体制を整えなければと、身を起こそうとする。だがすでに遅く、ミストレはの腹の上を跨いで、両手首を押さえつけ、その滑稽な様を見下ろしていた。
そして、くつくつと笑う。……実に愉快そうに。

「ねぇ。今、どんな気持ちかな?教えてよ」

ねだるような甘い声を、わざわざ耳元で発する。
今のミストレは、まるで獲物を捕らえた猫のように鋭く輝いた目をしている。

「ずっと、君に言いたかったことがあるんだ。聞いてくれる?」

笑みは絶えない。
早く言ってしまいたいけど、じらしたいという思いが見え隠れしている。

ややあってから、……笑みが、すぅっと消えた。
冷めた目がを捕らえる。

「身の程を知れ」

ビリビリと何かが体を駆け抜ける。

「不愉快だね。君はまるで僕と同列の立場にいるつもりでいる。とんだ勘違いだよ。君は、」

両手首を押さえつける力が強まる。
見下ろす目がギラギラと黒い光を放った。



「俺の下だ」

がぶりと、の喉元にミストレは噛みついた。
動脈が震える。

恐怖に震える姿に満足したのか、再びミストレの顔に笑みが灯る。

「どうしようもない馬鹿な君でも、わかるような方法で説明してあげたんだ。優しい俺に感謝するんだね」

その証であるかのように、首元には赤い痕が残った。

柔らかな口調が胸くそ悪い、とは思う。
ふと、ミストレの手が片方、の胸元にのびる。

「あぁ、そういえば服を交換するんだったね。確かに面白そうだ。勿論、言った本人から先に脱ぐんだよね?」

嫌な予感に、血の気が引く。

「俺は後で考えるけど、言った本人はもっと積極的に行動すべきじゃないかな?」

これ以上、大人しくしていてやる必要などないと、は渾身の力を込めて、束縛から逃れる。

驚くミストレの隙をついて、体を起こすその勢いで、は首をねらった。

息の根を止めるなら首。
王牙学園で染み着いた習性だ。

男性にしては白く細い首に噛みつく。
しかし、噛み切る前に腹に衝撃を受けた。

ベッドに沈みゆくなか、はミストレの握り拳が見えた。

「なるほど忘れていたよ。君も一応は王牙学園の生徒。牙を剥く者だったね」

決着をつくより早く、緊急連絡が入る。

現在のミッション中断して、至急、王牙学園に戻らなければならないとのこと。


決着がつくのは、もう少しあとになってからのこと。