短編
小さな戦争1
とある小学校の教室の一角。
下校のチャイムが鳴り響く中、女子たちは机を合わせ、神妙な面持ちで集まっていた。
「ちゃん。今日も十数人の被害者がでているわ」
「事態はより深刻になってる。先生の対応を待っているだけ時間の無駄よ。早くなんとかしなきゃ」
「そうよ。このまま馬鹿な男子たちを、のさばらせておくわけにはいかないわ!」
を囲み、口々に意見を述べる女子は、やや殺気立っていた。
ことの発端は、イタズラ好きの男子から始まった。
最近、その馬鹿な男子たちの間で、スカートめくりなんぞという幼稚な遊びが流行りだしたのだ。
スカートの下に短パンを履いている者も多いが、めくりあげられ周りから笑いがあがれば、良い気なんてしない。実に不愉快だ。
制服はスカートと決めた責任者に抗議したいところだが、歴史と伝統を重んじるお堅い学校で、説得に何十年かかりそうなので、今すぐ迅速な対応をしてくれる期待なんぞこれっぽっちもできない。
先生に言ったところで、口先だけの注意で、何の役にも立たない。
女子たちは自ら立ち上がらなければならないと、本日、を筆頭に女子会議を開いた。
被害にあった女子は勿論、他のクラスの女子も参加している。
みな、男子を八つ裂きにしてやる気満々だ。
も彼女たちの気持ちはよくわかる。
とて、馬鹿な男子を束ねる佐久間次郎を八つ裂きにしてやりたいと強く思う一人だった。
* * *
は佐久間次郎と幼なじみだが、仲はまったくもってよろしくない。
いわゆる、犬猿の仲という関係だ。
言葉を交わしたところで喧嘩になるのは目に見えていたため、は極力、話しかけたり関わりを持ったりしないように心がけている。
それでも犬猿の関係が絶えないのは、向こうから喧嘩をふっかけてくるからだ。
今回も、そうだった。
佐久間次郎と廊下をすれ違う際、はツーンとそっぽを向いて歩いていた。すると、いきなり足を引っかけられて、スカートをめくられた。
倒れ込んだ時の無様さを思い出すだけで、は腸が煮えくり返りそうな思いでいっぱいになる。
「ぷっ!だっせぇーの!」
高笑いとともに走り去る、薄水色まじりの銀髪。
綺麗な容姿とは裏腹に、やることは極めて姑息。
あの綺麗な顔を涙でグシャグシャにしてやりたいとは思う。
* * *
同士は集った。
あとは行動を起こすだけ。
依然と殺気立っている彼女たちに向けて、は言い放つ。
「時はきた!これより馬鹿どもに戦いを挑む!」
芝居がかった動作で、ゆっくりと立ち上がり、握り拳を高らかに掲げる。
同士たる女子もみな拳を掲げ、声をあげる。
戦いの幕開けだ。
* * *
昼休みが終わりを迎えようとするギリギリの時間。
は佐久間次郎の教室へやってきた。
は、この日のために用意してきた黒い封筒を佐久間に無言で突きつけると、用は済んだとばかりに、すぐにきびすを返して立ち去った。
あんまりな態度に、佐久間はぽかんとするも、すぐ、押しつけられた封筒に目を落とす。
「おいおい、ラブレターなら、もっと……て、果たし状?」
黒い封筒に白い毛筆で書かれたソレは、紛れもない果たし状だった。
「ずいぶん、手の凝ったことをするな」
『明日の土曜日、午後1時、互いの教室を拠点とし、勝負を申し込む。武器は水鉄砲のみ可』
馬鹿馬鹿しい。だが、佐久間の好みに合うものだった。
知れず、口元に笑みが浮かぶ。
「佐久間さん。どうします?」
手下の一人が恐々と訊ねる。
「売られた喧嘩は買うに決まってるだろ」
佐久間の率いる男子たちは、各々顔を見合わせた。
どうするか決めかねている様子だ。
けれど、佐久間にはどうでも良いことで、戦いの日を想い、胸を躍らせる。
「かかってこいよ、」
挑発の声は、昼休み終了を告げるチャイムにかき消され、何事もなかったように、授業が始まった。