短編
小さな戦争2
土曜日。
約束の午後1時まであと10分。
すでに両勢力は、のクラスと佐久間のクラスの二つに分かれて待機していた。
「どう?勝てるかしら?」
水鉄砲を構える女子たちが声を潜めて囁く。
「大丈夫よ。ヤツらの人数は知れてる。私たち女子軍の敵じゃないわ」
女子の勢力が、学年女子の大半に対して、男子は佐久間を筆頭に極めて少数。
こちらの有利は揺るぎないものだ。
けれど、は気を緩めないように、と周りを諭す。
「ヤツらの狡猾さはみんな知ってるでしょ。油断しないで」
口々に「わかった」と返る。
けれど、この絶対的な数の有利が、どうしても気の緩みを招いてしまう。
静かに開かれた窓に、誰が気づいただろう。
約束の1時まであと5分。
絶対的な有利が、一瞬で不利へと転じた。
「きゃあ!」
教室の窓から、勢いよく水が放たれる。
数名の男子が水鉄砲で攻撃を仕掛けていた。
それに全員が気をとられ、今度は廊下からの進軍に気づくのが遅れた。
廊下側から進入してきた男子からも、水鉄砲をくらう。
奇襲、挟み撃ち。
数の多さは仇となり、混乱に混乱を招いた。
女子たちは反撃の余裕もなく、逃げまどい、時に女子同士でぶつかる。
そんな中は、真っ先に進入してきた佐久間を視界に捕らえ、詰め寄る。
「ちょっと!約束の時間は1時でしょ!おまけに校舎の外からなんて卑怯じゃない!」
すっかり水浸しになったを見て、佐久間は鼻で笑った。
「これは戦いだろ!綺麗も汚いもあるかよ!やるか、やられるかだ!」
佐久間の水鉄砲が、の額めがけて放たれる。至近距離だったため、避ける間もなく、びしょ濡れになる。
「だいたい、勝負っていうのは相手の意表を突くもんだろ!馬鹿正直に時間と場所を指定して、それを律儀に守るヤツなんて、ただの大馬鹿なんだよ!」
「なぁんですって!」
「正々堂々勝負しろっていうのは、オツムが足りてない輩の言い訳だっていってんだよ!ばぁーか!ばぁーか!」
頭に血が上った二人。
互いに至近距離で水鉄砲を放つ。
もはや、距離をあけて使用する用途で考案された、その道具を使う意味はまるでなかった。互いに避けられず、水のかけ合いっこになってしまった。
頭から足の先まで、びしょ濡れだというのに、頭が冷める気配はない。
周りももはや、何でもありの状態で、給水用のバケツをそのままひっくり返したりしている。
収拾がつかないほどの大騒ぎになっていた。
その騒ぎの最中、一体、誰が気づこうか。
教室の出入り口に、担任の先生と源田幸次郎が呆然と立っていること。
注意しようと担任が一歩足を踏み入れる。
その瞬間、担任の顔に、水鉄砲から放射された水が命中する。
その担任の姿を認め、源田は拳を握りしめ、深く息を吸い込んだ。体中の気を拳に集中させる。
「いい加減に……」
拳を床に叩きつける。
「しろっ!」
予期せぬ地震に、皆が攻撃の手を止めて辺りを見回す。
そして、皆の視線は一点で止まる。
たかが小学生の拳で、教室が揺れ動くものなのかと、皆、蒼白になる。
「誰が悪い?」
源田がそう問えば、男子はを指し、女子は佐久間次郎を指す。
それを見て、おおよその事情を理解した源田は、佐久間との間に入ると、二人の頭をがっしりと掴む。
双方から痛みの訴えがみられたが、源田は気に止めなかった。
「ごめんなさい」
源田は、二人の頭を無理矢理下げさせて、自分も頭を下げた。
下げた先は、先ほど水鉄砲をくらった担任。
落ち着いた状況になり、ようやく介入できると思い、咳払いを一つする。
「まずは、教室を片づけますよ。話はそれからです」
* * *
一時、休戦。
男女ともに先生と、源田のもと教室の後片づけに取りかかった。
「ちょっと!なにさぼってるの!」
「うるさい!もとはといえばお前のせいだろ!」
「なに言ってるの!あんたたちが馬鹿なことするのがいけないんじゃない!」
佐久間とが数分も経たないうちに、喧嘩するので、その度に源田が二人を抑えにかかる。
「どっちもどっちだ。いいから早く手を動かせ」
教室を揺るがすほどの拳を見れば、流石の二人も黙るしかない。
小さな戦争は、勃発して1時間経たないうちに終戦を迎えた。