隣のあいつは憎いヤツ
やっぱり嫌い
ガッチャーン。
その音に、しばし時が止まる。
私が見つめる先には、粉々に割れたビーカー。
「あーあ。やっちまったな。ドジ」
そう、皮肉めいた口調で言うのは、目の前の男、佐久間次郎だ。
普通は「大丈夫?」とかいうところを、こいつの口からは嫌みしかでてこない。
「うるさい。元はと言えばあんたが悪いんでしょ!」
放課後、源田くんと理科室の掃除をしていたら、毎度おなじみの佐久間次郎がやってきて、源田くんを早く帰すようにと横で急かしはじめたのだ。
あんまりうるさいから、一言文句を言ってやろうとした時、つるりと手が滑りビーカー一つを破損。
そして、今に至る。
「俺はさっさと終わらせろって言ったんだぞ。仕事増やしてどーすんだよ。使えねーヤツ」
「あんたが大人しく静かにしてりゃ、こんな事にはならなかったわよ!」
「人のせいにすんな!」
「あんたのせいよ!」
ちなみに、源田くんはゴミ捨てに行ってて喧嘩の仲裁に入ることができない。
なので、私たちの言い合いはヒートアップしていく。
「だいたい、あんた何でいつも源田くんを待ってるのよ! 一人で帰れば良いじゃない! どこぞの乙女じゃあるまいし!」
「なんだと!」
「あぁー。そうか、あんた女子だもんね。見た目が」
頭に血が上っていた。
だから、こいつが一番頭にきそうな事を口にしてしまった。
瞬間、視界が揺れる。
胸ぐらを乱暴に掴まれ、勢いに任せて床へと突き飛ばされた。
ずきり、右手が痛い。
「てめぇ……。もういっぺん言ってみろ」
見下ろす目が、怖い。
まるで、肉食動物のようにギラリと光っている。
血の気が引いた。
私は言ってはいけない事を、言ってしまった。
彼が一番気にしている事だってわかっていたのに、わかっていて言ってしまった。
「おい。なにしてるんだ」
その時、源田くんがゴミ捨てから帰ってきた。
只ならぬ雰囲気に源田くんは戸惑いを見せていたが、私を見て顔色を変えた。
「、手が切れてるじゃないか」
そう、先ほど、佐久間次郎に突き飛ばされた時、床に散らばっていたビーカーの破片で、右の手のひらを切ってしまったのだ。
床には赤い血が小さな水たまりを作っていた。
「おい、佐久間! やりすぎだぞ!」
私の右手首を掴むと、源田くんは厳しくヤツを睨んだ。
ヤツはくるりと背を向け、
「俺は、謝らないからな」
理科室を出て行ってしまった。
源田くんが呼び止めるも、戻ってくる気配はない。
「、とりあえず保健室へ行こう。……佐久間のことは、あとで考えよう」
彼に引かれて理科室を後にする。
ずきん、ずきん、と右手が痛い。
保健室で包帯を巻いてもらったけど、まだ痛い。
傷は思っていたよりも深いらしい。
「やっぱり、アイツ嫌い」