隣のあいつは憎いヤツ

親鳥と雛鳥


「まだ、痛むのか」


包帯が巻かれた私右手を見て、源田くんは気遣わしげに尋ねた。


「うん。どこぞの馬鹿のおかげで」


正面に居座っている仏頂面こと、佐久間次郎を睨みつける。


「自業自得だろ」


フンとそっぽを向いた。
相変わらず嫌なヤツ。


こいつの事はもう無視しよう。
今はそんなことよりも腹ごしらえだ。


今は給食の時間。
佐久間次郎はわざわざ自分の給食をオボンに乗せて、この教室に来ていた。

空いている椅子を引っ張ってきて、自分の場所を確保している。
もう呆れてものも言えない。

どんだけ、友達いないんだコイツ。
しかも、一人で食べる気はないらしい。


「……。お前その手で箸は使えるのか?」


何処までも親切な源田くんの言葉に、胸がじんとなる。
佐久間次郎に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。


「少し痛いけど、大丈……っ!」


ご飯を食べようと持ち上げた箸がオボンに落ちる。
右手が小刻みに震えていた。


「あまり無理をしないほうが良い」


源田くんの手が私の手を優しく包み込む。

あ、まただ。
源田くんの手はあったかくて、優しくて、安心する。


「ほら」


そう言って微笑む源田くん。
私のお箸でご飯を摘み、私の口元へと持ってくる。

……いや、「ほら」って……ねぇ?


「食べないのか?」


首を傾げる。
そんな彼からは優しさオーラしか出ていない。
けれど、ここはみんなの教室であってですね……。


「ひゅーひゅー熱いね」

「なにイチャついてんだよー」

「なになにお前ら結婚すんのー」


とにかく男子はみんな黙れば良いと思う。
その口、縫いつけてやろうか。

怒りのあまり、俯いてわなわなと震えていると、


「黙れ」


源田くんの一言で、空気が凍った。
教室にいる輩を一瞥すると、何事もなかったように「ほら」とご飯をすすめてくる。

源田くんのおかげでみんな黙ってくれたんだけどさ。
見られてるから、この上もなく注目の的だから。


「あのさ……私」


断ろうと源田くんを見る。
愛と温もりであふれた目が私を見つめていた。


「…………」


これじゃ、断れない。


「…………それじゃ」


おずおずと口を近づけて、ぱくっと食べる。
それを見て、源田くんは嬉しそうに微笑んだ。


なんだろう、親鳥から餌をもらっている雛鳥の気分。


「うまいか?」


なんて言いながら源田くんはまた、ご飯を運んでくる。
断りづらいけど、大変食べにくい。

だってさ。他のみんなは結構視線をあわさないようにしてくれてるけどさ、目の前にいるコイツが……。


「ハッ、ガキみたいだな」


ガン見。超ガン見。
そして、遠慮を知らない無礼な口。

もう、自分の教室に帰れ。


「佐久間。もともとお前の責任だろ」

「言っとくが、俺はしないからな」


仏頂面に磨きがかかる。
こんなに文句言ってるのに帰ろうともしない。

こんな状態で食べれるわけないじゃないか。


結局、源田くんには「お腹いっぱいだから」と言って給食のほとんどを残してしまった。

……これじゃあ絶対、お腹空く。


  *  *  *


案の定、午後の授業はお腹が空いて、勉強どころじゃなかった。


「……うぅ〜、お腹空いた」


思わず、そう漏らした。
源田くんは、今、提出物を届けに職員室へ行ってるから、この呟きを聞かれる心配はない。


「はぁ〜……」


俯いて机を見るも、食べ物が沸いてくるはずもない。
と、いきなり、顔に何かが当たった。


「ぶっ!」


ぽすっと机に落ちたもの、焼きそばパンだった。
顔を上げれば、薄い水色が入った銀髪、佐久間次郎がいつもの無愛想な顔で立っていた。


「お前の胃袋があんな量で満足するわけないだろ」


それだけ言い捨てて、ヤツは教室を出ていった。


「…………人を大食い女みたいに言いやがって」


食べ物をもらったのに、どうしてだろう、全然うれしさがこみ上がってこない。


「こんなもの! こんな……うぅ〜お腹空いたぁ」


結局、腹立たしく思いながらも、ヤツがくれた焼きそばパンを頬張った。

焼きそばパンに罪はない。

あぁ、……うまい。


  *  *  *


「なるほど、パンなら左手でも食べられるな」


佐久間は源田が見ていたことに気づかなかった。
そんな余裕など、彼にはなかったからだ。

足早に自分の教室へ帰っていく佐久間を、源田は微笑ましく見送った。