隣のあいつは憎いヤツ

また、明日。


「何で私が……ブツブツ」


不機嫌丸出しの顔をして、廊下を突き進む。
手には佐久間次郎のノート。

先生に用事があるとかで忙しい源田くんに代わって、このノートを持ち主に返しに行かなければならない。

自分からあんなヤツのところに行くのは嫌だが、日頃お世話になっている源田くんの頼みだ、行くしかあるまい。


些か乱暴にドアを開けて佐久間次郎を探す。


「ちょっと……」


声をかけようとして止まる。
何故ならヤツは今、喧嘩の真っ最中だったからだ。


「お前、生意気なんだよ」
「女みたいなツラしてんなら、もっとおしとやかにしてろよ」


クラスの男子数名に囲まれている。

前々から感じていたが、やはりと言うべきか。
この佐久間次郎という男、周りから反感を買う天才ではなかろうか。
特に、男子から。


「お前ら、もういっぺん言ってみろ! 俺のどこが女みたいだって!」


完全にキレている。
しかし、多勢に無勢すぎて、勝ち目はないだろう。

源田くんを呼びに行こうか。
けど、今からじゃ間に合わない。

そう思案していると、絡んでいた一人がカッターを取り出した。


「そんなに女と間違えられるのが嫌なら、俺が格好良くしてやるぜ」

カチカチと音が響く。

背中に冷たいものが走った。


流石のヤツも刃物を見て、後退る。
恐怖を顔に張り付かせ、足はガタガタと震えている。

それを見て、笑い声が起きる。


私の中で、何かが切れた。



ガッシャーン


「あんたら……いい加減にしなさいよ」


静まりかえった教室。
笑い声をあげていた奴らの足下には、私が投げつけた椅子が転がっていた。


「だって……あいつが」

「群れないと喧嘩できない、武器がないと強がれないアンタ達の方が、よっぽど女々しいわ!」


凄みをきかせて一歩、前へ出る。

高ぶる感情に任せて、近くの机を蹴り飛ばす。
大きな音が教室に響く。

精一杯の虚勢だった。

こうでもしないと、震えに負けてしまう。
怯んでしまったら、お終いだから。



「なんで……こんな嫌みな男女の肩を持つんだよ!」

「男女じゃない!佐久間は、嫌みも言うけど優しいヤツなんだから!」


手近にあった椅子を振り上げる。


「……もういい! !」
「そこまでだ!」

振り上げた腕が掴まれる。
振り返れば、このクラスの先生が険しい顔をして立っていた。


*  *  *


「謹慎処分だなんて……、母さん悲しいわ。そんな子に育てた覚えはないんだけどね」
「……ごちそうさま」


夕食を食べ終えて、私は自室へと向かう。
佐久間のクラスで暴れた結果、1週間の自宅謹慎処分をくらってしまった

あーあ。やってしまった。
……けど、やってしまったのは仕方ない。
あそこで、ただ見ているだけだったら、きっと後悔していただろうから、


「これで、良かったんだよ。……はぁ」


ベッドにごろんと寝転がる。
まぁ、でも考えようによっては、一週間学校に行かなくても良いんだし、それはそれで楽しめば良い。

嫌なことはみんな忘れて、今は寝てしまおう。

ガタガタガタガタ…………


……何事だ。眠れない。


むくっと起き上がる。
どうやら、窓が揺れている。
風のせいじゃない。明らかに人為的なもので……。


ガタガタガタガタガタガタガタ…………


何のホラーだ。

閉め切っていたカーテンを勢いよく開け、窓を開ける。


そう、隣は佐久間次郎の家。
そして、私の自室とヤツの自室は向かいなのだ。

思った通り、無愛想な顔をした佐久間が窓から長い棒をだしていた。


「遅いぞ」
「なにが『遅いぞ』よ!うるさいじゃない!」


ヤツの口がへの字に曲がる。
何か怒鳴ろうとしていたが、何故かぐっと呑み込む。

そして、やや俯いてぽつりと言った。


「今日は、…………すまなかった」
「え」


今までヤツと喧嘩したことは何度かあったが、向こうから謝るなんてはじめてだ。


「あ、ああああんたが謝るなんて珍しいじゃない」
「そうだな」


そんなに素直に謝られたら、どうしたらいいかわからない。


「それと、あ、ありがとう……


何故、そんなに恥ずかしそうに、一杯一杯になって言うんだ。
……こっちが恥ずかしくなってくる。

顔が赤いのも、何だか熱くて頭がぼぅっとするのも、夕日のせいだ。


「じゃぁね!佐久間!」
「あぁ。また明日」


照れ隠しに、窓とカーテンを閉める。


……あれ、また明日って、私、自宅謹慎なんですけど。