隣のあいつは憎いヤツ

恋する乙女なんです


今まで早起きなんてした事なかったのに、随分と早起きになってしまった。
かわりに髪を整える時間が長くなった気がする。
気持ち短くしたスカートを履いて、鏡の前でクルリと回ってみる。
贔屓目に見ても「可愛いー!」と言えないが、これが私の精一杯。
唇にピンクの色付リップを引くと、にこっと笑ってみせる。

今日も風丸君を見れますように!
出会ったら、可愛らしく笑顔で話しかけらるますように!

両頬を叩いて気合いを入れる。

その勢いで、私は元気よく家を出た。

早起きは三文の得という。
早く学校に行けば、教室の窓から陸上部の朝練が……風丸君の姿が見られるのだ。
学校へと向う足取りは軽い。

今日も良い一日でありますように。


***


私は、残念ながら風丸君とは違うクラス。

だから、朝練の様子を教室の窓から眺める。放課後は図書室の窓から眺める。


そう……眺めるくらいしかできない。
それでも幸せだ。
だけど、いつかまた会話を交わせたらと思う。

他の人には平気で話しかけられるのに、彼だけは難しい。
廊下ですれ違うだけで、心臓がバクバクして、声なんてでない。

陸上部のマネージャーになりたいな。なんて思ったけど心臓が持ちそうにない。




図書室の窓側の席で、本を読むふりをして彼を見る。

綺麗な青髪をなびかせて走る姿に、うっとりしてしまう。

「お!風丸のヤツ頑張ってるな!」
「……!」

不意に、すぐ後ろから声がした。
振り向くと、同じクラスの確か……円堂君。

まさか、私が風丸君を見てるのに気付かれた!?


「あ。わりぃ。読書の邪魔しちまったみたいだな」


……どうやら、違うらしい。


「あそこにいるヤツ、俺の幼馴染みなんだ!」


無邪気な笑みを浮かべ、円堂君は窓を開けた。


………って、何する気?


「おおーい!風丸ぅーー!!!」


ええええぇぇっ!


ここ、図書室!
図書室だから!


お構いなしに手を振る円堂君に、風丸がギョッとした顔をして気がついた。
苦笑しながら手を振ってる。


その笑みは円堂君に向けられたものだけど、隣にいた私は、胸の高鳴りが隠せない。体が熱を帯びる。


やっぱり……素敵だ。


やがて、風丸君は練習に戻って行った。

円堂君が、図書委員の人に怒られているけど、私は最後まで風丸を見ていた。


「なぁなぁ!お前、放課後いつもここにいるのか?」

「え……うん」


半ば呆然としていたので返事が遅れる。


「俺とサッカーしないか!」


さっき注意されたばかりなのに、彼はもう忘れてしまったのだろうか。


なんて思ってたら、図書委員に追出されてしまった。
……私も一緒に。


***



「ごめんな。お前まで一緒に追出されてしまって」
「気にしてないよ」

追出されてしまったけど、風丸君の笑顔が見れたから、むしろ感謝したい。

いつまでも図書室の前にいても仕方ないので、下駄箱へと移動する。

「なぁ。放課後、暇だったらサッカーやらないか?」

さっきも聞いた気がする。

「円堂君は、確かサッカー部?」
「入部してくれるのか!」

キラキラと目を輝かせる円堂君。

……何故、そうなる。

サッカー部の噂は聞いている。
実際、部活動らしい事はしていない。暇人の溜まり場。
やる気があるのはキャプテンだけだという。

「……私、女なんだけど」
「サッカーを好きなヤツに性別なんて関係ない!」

そもそも、サッカーは……あまり好きとは言えない。
あの佐久間次郎に、散々ボールをぶつけられた事がある。


……けれど、と私は頭の中でとある考えが浮かぶ。

円堂君は風丸君と幼馴染みで仲が良い。

風丸君の事、何か聞けるかもしれない。


「な!サッカーやろうぜ!」


それに、円堂君の言うサッカーは、なんだか楽しそうな気がする。

「私、サッカーの事……よく知らないけど……良いの?」
「知らないなら、これから知っていけば良いんだ!ありがとう!」

がっしりと掴まれた手が、暖かい。

自然と笑みが零れる。


「よろしくね。円堂君」



こうして、さして活動しないサッカー部に所属する事になった。



***



黄昏時。
帰宅すると家の前で、久しく会ってない顔と出会う。
佐久間次郎だった。

相変わらず、無愛想で不機嫌そうな顔をしている。
顔が整っている分、かえってたちがわるい。

触らぬ神に祟りなし。
関わらないようにして、サッサと家に入ろうとすると、呼び止められる。


「お前な。もう学校違うんだから、源田に迷惑かけるなよな」

一瞬なんの事かわからなかった。
が、すぐに理解し、頭に血が登る。

「あんたには関係ないでしょ!」


コイツ、私が源田君に恋の相談していた事を知っているのだ。

源田君が言ったのだろうか。……なんて面倒な事を!

睨みつけていると、ジローはツカツカとコチラヘやって来てすぐ目の前で止った。

そして何を思ったか、顎を掴んで持ち上げる。

冷たく鋭い瞳が私を射る。
ヤツの親指が私の唇を撫でた。
唇にぬっていた色付リップが拭われる。


「……似合わねぇよ」


そう言い捨てると、ジローは自分の家へと入っていった。


私は呆然と立ち尽くし、撫でられた唇に手をやる。


自分なりの精一杯のお洒落。
今まで誰も気がつかなかったのに、初めて気がついたのが、ジローとか……マジヘコむ。
……しかも、似合わないときた。


このムカつきは、どこに当ればいいんだろ。

とりあえず、余計な事をばらしてくれた源田君に電話をかける事にした。