隣のあいつは憎いヤツ

サッカーしてる場合じゃない


昼休み、私は円堂君とサッカーの事で話していた。

「でさ、やっぱり人数増やした方が、サッカーはおもしろいだろ?」

サッカー部の勧誘をしようという事らしい。

「うーん。そうだね。円堂君が楽しいって思うんなら、きっと楽しいと思う」
「なんだ、それ?」
「私が楽しいのは、円堂君が楽しいって感じてるからだよ」

だから、円堂君がもっと楽しくなるって言うのなら、私も楽しくなるんだと思う。

とにかく、部活勧誘の運動をしようと話していると、

「おい、円堂!」

割って入る第三者の声。トクンと心臓がはねる。
振り向けば綺麗な青。風丸君だった。

「ん?どうしたんだ風丸?」
「どうしたじゃないだろ?古典の辞書、返してくれ」
「あ。忘れてた」
「……まったく」

どうやら風丸君に借りた辞書を、そのままにしていたらしい。円堂君は机の中をあさりだす。
その姿を見て忍び笑いしていると、風丸君に気づかれた。
目が合うと、やっぱりまだ気恥ずかしい。風丸君は気づいていないけど。

「呆れるだろ?」
「風丸君も大変だね」
「もう慣れたよ」

円堂君から辞書を返してもらった風丸君は、思い出したように尋ねてきた。

「そういえば、部員募集の活動するのか?」
「あぁ!多い方が楽しいだろ!」

にぱぁっと花が飛び散るような笑顔に、私も風丸君も思わず微笑む。

「お前らしい。……けど円堂。忘れてないか?」
「へぇ?何を?」
「はははは」

いつも穏やかで優しい風丸君のまとう空気が、何やら不吉な色に変わり渦巻きだした。

「もうすぐテスト期間だろ?」

ぴしりと、円堂君が凍り付く。
ややあって、口を開くも、いつもより声は小さかった。

「いや……そんなことよりサッカー……」
「円堂、何か言ったか?」

心なしか、風丸君の長くて綺麗な青髪が、蛇のようにうねりだしたように感じた。
……気のせいだ。気のせいだ。気のせいだ。

「なぁ円堂。お前この前のテストでも追試だったよな?」
「いや……だって」
「終わらない追試地獄。泣きついてきたのは、俺の記憶違いだったかな?」

意地悪な笑みを浮かべる風丸君。
いつも優しい人だと思っていた。けど、この前の佐久間の事もそうだったけど、……どうやら優しいだけの人じゃないみたい。

逃げ腰になっている円堂君の肩にポンっと手を置くと、彼は低く囁いた。

「そう何度も何度も助けてあげられるほど、俺は優しくないんでね。…………今回は一発でクリアしろよ」
「ひぃ〜っ!」

それはつまり「赤点はとるな」ということか。

「とうわけで、今日の放課後は勉強だ」

もう決まりだと言わんばかりに風丸君は言う。

「えぇー!ちょっと待て風丸!」
「そもそも、テスト勉強期間のため、どこの部も今は活動禁止だろ?……と言うわけで、今日はお前の家行くからな」
「うわーっ!待った!待った!……えーっと、そうだ!」

なま暖かい目で、二人の様子を見守っていると、円堂君に手をがっしりと捕まれた。

……なんのつもりだろう?

「今日はの家で勉強会にしよう!うん!それがいい!」
「えぇぇぇぇっ!何でっ!?」

いきなり巻き込まれて、頭が追いついていかない。

「だって俺か風丸ん家で勉強会したら、泊まり込みで夜遅くまで勉強させられるんだ。サッカーなら夜遅くまでやってられるけど、そんなに長く勉強したら俺……もう立ち上がれない」

よよよと崩れる円堂君。
わぁ……元気のない円堂君って本当に珍しい。

「……ス、スパルタなんだね」
「……あのな。円堂の面倒をみてやれるの俺くらいなんだぜ?」

なんだか風丸君の底知れぬ苦労を垣間見た気がした。

「あー……うん。円堂君良い友達持ったね」

そう円堂君に告げると、

!お前も友達だよな!」
「……うん」
「だったら俺の頼み聞いてくれよ!の家で勉強会させてくれ!頼む!」

それはもう必死に頭を下げられてしまった。
……どうしよう。そこまでされて断るのは、ちょっとできない。

「……円堂。俺達もう中学生なんだぞ。女性の家に上がり込むのは」
「いいよ」

あんなに必死に頼まれたんじゃ、友達として断れない。
……それに、それに……勉強会とはいえ、風丸君を家に招けるなんて、これは……もっと仲良くなるチャンスかもしれない!
心の準備なんてできてなかったけど、今を逃してはいけない気がする!

「私も勉強しなきゃいけないし。……一緒にできるのはうれしいから」
「そうか。、ありがとう」

そう微笑んでもらえるだけでも、十分幸せだった。
どうしよう。放課後が楽しみで仕方ない。