隣のあいつは憎いヤツ

三人の勉強会


今日は風丸君が私の家にやって来る記念すべき日だ。

と、言っても円堂君の3人で勉強会をするだけなのだけど、……やっぱり緊張してしまう。

二人は一度家に帰ってから私の家に来る事になっている。
「いきなり押し掛けるのも迷惑だから」と風丸君の配慮だった。
さすが、風丸君!と好感度は軽やかに右肩上がり。

急いで帰って部屋の片づけをする。
この前、掃除したばかりでよかった!

よけいなものは全部しまって、綺麗好きな女の子の部屋に……見えないこともない。とりあえず、だらしのない部屋ではないから、よしとしよう。

服も……あんまり気合い入れすぎても、変だよね。勉強会だもの。

そうこうしているうちに、約束の時間まであと五分。
家の場所は一応伝えてある。わかりにくい場所じゃないし、いざとなったら「携帯に連絡して」と二人に言ってある。
けれど、そわそわと待っていられなくて、家の前で待つことにした。

玄関のドアを開けて、びっくり。
風丸君が立っていた。向こうも驚いている。

「えと、……いらっしゃい。インターホン鳴らしてくれれば良かったのに」
「……いや、円堂が来てから一緒に入ろうと思ってな」

ほんと、細かなとこまで気を使うんだから。
別に良いのに。

「どうする?円堂君が来るの待ってみる?」

なんて話してたら、

「おーい!風丸!!」

噂をすれば影がさすというのは、どうやら事実らしい。
円堂君が息を切らせて走ってきた。

「遅くなってゴメンな」
「大丈夫、時間ちょうどだから」

謝る円堂君に気にしないでと言う。
すると、風丸君は自分の腕時計を確認して一言。

「いや、5分遅刻だ」
「うっ……遅刻って」
「円堂」
「…………ゴメンなさい」

そのやりとりを見て、思わず笑ってしまう。なんだか……

「保護者みたいだね」
「…………」

風丸君は深いため息を吐くと、

「円堂も来たことだし、始めようか。、お邪魔してもいいか?」

もう勉強会モードに入ってる。
若干、しょんぼり気味の円堂君も忘れずに、一緒に部屋へと案内する。

適当にお菓子とお茶を用意して、いざ勉強会。


 * * *


「ほら、ここ変換したら公式が使えるだろ。おい!円堂、起きろ!」

風丸君が私と円堂君の二人分の勉強をみてくれてる。申し訳ないなぁなんて思いながら、肩を寄せあいながら勉強できる状況が嬉しくて仕方ない。

「うぅ……あ、ほら風丸!もうこんな時間だ!あんまり長居しちゃ悪いだろ?」
「はぁ……まったく、こういう時ばっかり」

黄昏時。じきに夜がやってくる。

風丸君との時間が名残惜しいけど、引き留めるわけにもいかない。……円堂君も頭が限界のようだし。


もの寂しさを感じつつ、私は外まで二人を見送りに出た。

帰り際にやたら元気になった円堂君が手を振ってくれた。

!今日はありがとな!」

あ、風丸君が頭を抱えている。
その様子を見てクスリと笑うと、彼は苦笑いを浮かべた。

「今日はいきなり押し掛けて悪かったな。……そうだ。今度は俺か円堂の家でやろう。勿論、がよかったらだけど」
「いいの!?」
「俺だけだと、円堂のヤツ気が抜けきって、集中力にかけるんだ」
「……今日でも十分集中できてなかったと思うけど」
「まだマシだ」


へー……そうなんだ。風丸君も苦労するなぁ。

風丸君からの誘いを二つ返事でOKして、「また明日!」と去っていく彼らに手を振った。

どうしよう。にやにやが止まらない。

浮かれ気分で家に入ろうとする……と、いきなり後ろから口を塞がれた!

「ん〜〜っ!」

背中に感じるのは確かに熱を帯びた人の体。
一体誰が、と恐怖が沸き起こる。

そのまま、ずるずると私の家の中へと引きずり込まれる。
当然、私を拘束している相手も一緒に。

暴れに暴れるも、相手の力が強くて、大した抵抗になっていない。

ふと、私の頬を相手の髪が掠める。
薄い水色を帯びた銀髪。

一人の人物が思い浮かび、力が抜ける。



……ジロー?


心の呟きが聞こえたのか、口を塞いでいた手が放れ、拘束が解けていく。
私はゆっくりと振り返り、相手を確認する。

「……ジロー」

思った通りの人物の姿が、そこにあった。
ヤツの目はまるで、いつ襲いかかるかわからないハイエナのように鋭く、攻撃的な色を帯びていた。

一体、どうしたというのだろう。
疑問を口にしようとした矢先、両肩を乱暴にドアに押しつけられた。
爪を立てるように強く捕まれた肩が痛い。

「……とんだ色ボケ女になったものだな」

地を這うような低い声が言う。

「易々と男を招き入れるもんじゃない」

それは忠告か、警告か……。それを読み解く余裕はなかった。

おでこがくっつきそうになるくらい、距離をつめられる。
目で私を殺すつもりなのかと思うほど、彼の目は怖かった。
肩を掴む手に力がこもる。

「痛い!ジロー!」

私の声は果たして届いているのだろうか。
肩の痛みが限界に達する。

一体、なんだというのだろう。
近頃のコイツは何だがおかしい。
事あるごとに、気に入らないと言うし、やたら攻撃的だ。

「〜〜っ!私の事が嫌いなら構わなければいいでしょ!」

思わずそう叫ぶと、とたんに手の力が緩められる。
見上げればヤツはひどく驚いた顔をしていた。

どうしたんだろう。本当におかしい。
恐怖よりも言いしれぬ不安が押し寄せてくる。

「……ジロー?」
「わかった」

すっと開いた距離。
その間を冷たい空気が埋めていく。

「もう……お前なんかに、構わない」

そう言い捨てると、私を振り返ることなく、ヤツは出ていった。

ヤツの家は私の家の隣だ。
すぐ隣にいるのに、どうしてこんなにも心が遠いんだろう。わからないことが多すぎる。

時を巻き戻す事ができたら、どれだけ良いだろう。
そう、思うのも遅すぎたからだ。

一体、いつ、どこで、どの選択を間違えて、今の私たちがあるのだろう。

答えが見つかるはずもなく、時は無情に流れていく。