隣のあいつは憎いヤツ

二兎を追う者は一兎をも得ず


白と黒の二色で彩られた球体が、弧を描き、天と地を行き来する。

帝国学園のグラウンドの端。
薄水色混じりの銀髪をなびかせながら、佐久間次郎はリフティングをしていた。

最近の自分は、どうにもムシャクシャしていることが多いと感じていた。が、どうにかしようと行動しても裏目に出ているようにしか思えなかった。

抑えきれない苛立ちが募るばかり。一体、どうしたらいいと考えれば考えるほど、泥沼にはまる。身動きがとれない。しかし、それにあがなわずにはいられない。

「くそっ!」

落ちてくるボールを思い切り蹴飛ばす。これで気持ちが晴れるのなら、どれだけいいか。

八つ当たりで蹴ったボールはゴールポストに当たってはじかれた。佐久間の苛立ちはさらに募ることになる。

コロコロとこちらに転がってくるボールを、もう一度蹴飛ばそうとした、刹那、佐久間の横を影が走る。

「……!」

視界を遮る赤。
それは一瞬で心を奪う。挑発を促すような色に誘われて、それが駆けゆく先を追う。

それは佐久間と同じ学年の少年だった。
赤いマントがトレードマーク、影山総帥に一目を置かれていると評判の鬼道有人。
その肩書きが佐久間は気に食わなかった。

鬼道有人は、佐久間の外したボールを足で止め、佐久間の方を振り返った。
鬼道有人の瞳は、センスを疑うようなゴーグルにより阻まれている。しかし、表情が読めないというわけでもない。現に今、佐久間の方を見て口元をあげて笑った。

「随分、集中力が乱れているな」

まぎれもない挑発。
いともたやすく佐久間はそれにのる。

ただ苛立つ感情に任せて走り、鬼道の持つボールを奪いにかかる。
それは八つ当たりの延長線。ヤツの余裕をめちゃくちゃに壊してやりたいという衝動が佐久間を支配する。

赤いマントがひらりとなびき、それを交わす。

「くっ!」

再度、アタックを仕掛けるも同じ。
ひらり、ひらりと舞う赤に翻弄される。
手のひらで踊らされている感覚に、佐久間はますます冷静を失う。

サッ、と横をすり抜けられる。

「お前は一体、どこを見ている」

鬼道が蹴ったボールが、ゴールの網を貫く。
佐久間は完璧な敗北を感じた。
鬼道は佐久間を振り返り、口を開いた。

「二兎を追う。……それも良いだろう。だが、見えていないのなら、捕まえることなどできない。無意味だ」

ゆっくりと佐久間に歩み寄る。挑発の色はもう、ない。

「まずは一兎を見ていればいい。……佐久間。お前は何のために帝国に来た」

それは蔑みでも皮肉でもない。叱咤だった。サッカーへの熱い思いが佐久間の心をしびれさせた。

(そうだ。俺にはサッカーという力を示すものがある。何を不安に思う必要がある?サッカーを、より力を得るために帝国を選んだんだ)

「帝国のサッカーが如何なるのものなのか、俺達が示す。いいな」

差し出された手は、共に高みへ進もうというもの。
佐久間はその手を、しっかりと掴んだ。
鬼道は満足そうに微笑み、最初の命を下した。

「まずは、帝国の名にそぐわない先輩方に、退場していただく」
「はい、わかりました。……鬼道さん」

佐久間の鬼道を見る目が、敬意へと変わった。

泥沼から抜け出せず、苦しくてたまらなかった。
手を差し伸べてくれたのが、彼だった。

彼に付いて行けばいい。
そうすれば、もう何も苦しいことなどないと、佐久間は思った。


 * * *


以降、佐久間は眼帯で片目を覆うことにした。

『まずは一兎を見ていればいい』

鬼道の言葉がよみがえる。
彼もあえて視界を狭めることをしていた。

『見るべきところを、より深く見ることができる』

(俺が見るべきものは、追うべき道はサッカーだ)

生意気でムカツク……のことが頭をよぎったが、眼帯で視界の片方を覆うと、暗闇の中へと消えていった。

(そうだ。これでいい。俺はサッカーを……力を示すためにここにいる)

行き場を失った感情は、暗闇の底へと、ゆるやかに沈んでいった。