隣のあいつは憎いヤツ

他人という距離


部員は円堂守、の二名。マネージャーは木野秋一名。
そんな少人数の雷門中サッカー部も、夏には染岡竜吾、半田真一が入部し、中学二年に進学したころには、新入部員4名を迎えることができた。

だが、満足にグラウンドを使えず、サッカー部というだけで馬鹿にされる日々が続き、やる気を失ったサッカー部はただの溜まり場となってしまった。

「いつかみんなわかってくれる」という円堂君と一緒に練習するも、私の中にある熱意も徐々に薄れていった。

そんなある日、無敵を誇る帝国学園から練習試合を申し込まれた。試合日は一週間後、しかも……

。あなたの参加は認めません」

と、いつも役にも立たない顧問の冬海先生はそう告げた。
抗議するために口開くより前に、彼は冷たく言い放った。

「男子サッカー部として試合を申し込むとのことです。あなたの参加は認められません」

聞く耳を持たない先生に、いくら言っても無駄。
源田君に連絡をとるも「すまない」と一言返ってきたきりで、連絡はぷつりと切れた。

こうなったらアイツにも聞くしかない。
私は急いで家へと走った。
正しく言うならば、私の家の隣へ。


 * * *


やかましいほどに連続でインターホンを鳴らす。
そう、ここはあの佐久間次郎の家だ。
何度も鳴らしているのに、なんの反応もない。

留守だろうかと、ドアノブに手をかける。

「……あ、開いてる」

ごくりと唾を呑み込む。
これだけ鳴らしているのに、出ないはずない。……佐久間のおばさんならば。

……ならば、いるはずだ。
アイツ、佐久間次郎が。

ゆっくりとドアを開け、中へ入る。

「……お邪魔します。……ジロー、いるんでしょ?」

知らず小声になる。
昔、訪れていた時は、これほどよそよそしい家ではなかったのに。

靴を脱いで二階へ上がる。
目指すは昔よく訪れていたヤツの部屋。
忍び足で歩いているのに、僅かに軋む音が響く。

どうして、こんなにも緊張するのだろう。
緊張する必要なんてない。だって、ここはアイツの……佐久間次郎の家なのに。

閉ざされたドア。その向こうがアイツの部屋だ。
ノックを数回。

「ジロー?」

返事はない。
ゆっくりとドアノブを回す。
心臓が激しく脈打つ。

ドアは、あっけなく開いた。

部屋を見渡すも誰もいない。
相変わらずペンギンのぬいぐるみが多い。佐久間次郎の部屋だ。
変わってない事に、感じていた不安がやわらぐ。
その時、

「まるでコソ泥だな」

ぎぃと背後からドアが開く音が聞こえた。
不意に現れた人の気配に、心臓が跳ねる。
振り返れば、探してた人物、佐久間次郎がドアに背を預ける形で立っていた。
何故か眼帯で片目を覆っている。源田君からは何も聞いてないけど、怪我でもしたのだのだろうか。

まったく気配を感じなかった事に、私はうすら怖さを感じた。
けれど、そんなものを気にしている場合ではない。
ヤツには、聞かなければならないことがある。

「今すぐ帰れ」

私が口にするより早く。ヤツは言い捨てた。
その目は、まるで私を他人としか見ていないような冷たさを帯びていて、思わず畏縮してしまった。

「勝手に他人の家に上がり込むな」

否、本当に他人だと彼は言う。
信じられない。信じたくない。

「……ジロー」
「10数える間に出ていけ。警察を呼ぶぞ」

どこまでも淡々と述べる佐久間次郎。
本当にこれは、私が知る佐久間次郎なのだろうか。

「10……9……」

カウントダウンが始まる。
無感情な声が響く。

熱いものがこみ上げてきた。
私の頬をなま暖かいものが滑り落ちる。

無様な自分を見せたくなくて、うつむく。

「……7……6……」

秒読みのスピードは変わらない。
もう、ここにはいられない。いてはいけないのだと悟る。

「……ごめん、ね」

自然にこぼれた一言を置き去りにして、私はヤツの横をすり抜け部屋を飛び出した。
階段を駆け降り、玄関を抜け外へ出る。




秒読みはもう、聞こえない。