隣のあいつは憎いヤツ

逃げるわけにはいかない


帝国との試合当日。

ユニフォーム姿でグラウンドへと向かう雷門のサッカー部員たち。土壇場で集められた部員も含め、ほとんどの人が緊張の色が隠せずにいた。

じきに試合が始まる。

もどかしいな。
私は彼らの中に、入れない。女というだけで……。


「がんばって」


だから、精一杯応援するのだと決めた。
私の声に円堂君が振り返る。


「おう!」


太陽な輝きと力強さに、憂鬱としていた気分が吹き飛ぶ。円堂君のこういうところ、すごく素敵だ。

ふと、私の頭に手が置かれた。見上げれば、青。風丸君だ。爽やかな笑みを浮かべている。
そう、風丸君もサッカー部に入ってくれたのだ。


「行ってくるよ」


まるで励ますように優しく、それでいて、たくましい彼の言葉が、心に響いた。

私が応援しなきゃいけないのに、これじゃ立場が逆じゃない!


「行ってらっしゃい!」


私は自分にできる精一杯のエールを、彼らに送った。


グラウンドへと向かう二人を目で追うと、すでに並んで待ちかまえている帝国に目がいった。その中に見知った人物が二人いた。


「源田君……ジロー……」


彼らの姿を見つけ思わず、ぽつりと名をこぼしてしまった。源田君とは目が合ったが、ジローはちらりともこちらを見ようとはしなかた。


「……こんにゃろ。わざと避けてるな。……馬鹿ジロー」


口に出して、強がってみる。
私の事を「他人」だと言った、ヤツの言葉が甦り、そのたびに胸に棘が刺さるような痛みが走る。


「言いたいことがあるなら、ちゃんと言えばいいのに……目も合わさないなんて」


今まで散々、喧嘩した。けれど今回みたいに、こんなにも目も合わさず無視をすることなんてなかった。

そういえば以前、「嫌いなら、構わなければいい」と私はジローに言った。……もしかして、あれが原因なんだろうか。本当に、ジローは私を嫌いなんだろうか。

ぐるぐると悲しい推論ばかりが頭の中を駆け回る。


「でも、あれはジローが悪い。うん……うぅ……」


やはり、ちゃんと謝るべきなんだろうか。きちんと話をした方が良いのだろうか……。


ぐるぐると考えていると、高らかにホイッスルが鳴った。試合の開始だ。


ちゃん。頑張って応援しようね!」


マネージャーの秋ちゃんに、軽く背をたたれ、現実に目を向ける。
そうだ。今は目の前の試合だ。
……佐久間のことは、今は考えないようにしなきゃ、余計な心配をかけてしまう。


かくして、私は応援に徹したわけだけど……、


…………

……………………


「どうして……」


これは本当にサッカーの試合なんだろうか。
目の前の光景に秋ちゃんも口に手を当てて、ふるえている。

帝国のサッカーは、ボールという道具を使って人を痛めつけるものだった。

雷門の部員達はもうボロボロで、見ていられないほどだ。それなのに、彼らは立ち上がろうとする。

円堂くんが、仲間を鼓舞する。

もう、やめてよ。

黙って見ていられなかった。


「もう、負けでいいじゃない! みんなの体の方が大事でしょ!」


頑張れば良い、なんて言えない。


「体を犠牲にしてまで、続ける必要なんてない!」


私の声に、彼らは不安と恐れをいっそう色濃くした。けれど、円堂君は違った。


「犠牲になんかしない! 逃げたりもしない! ここで逃げたら、俺たちはこの先、もっと色んなモノから逃げるようになる。今が、ふんばりどころなんだ!」


私も、そして部員達の不安や恐れを、円堂君は吹き飛ばしてしまった。

不思議。どうしてこう、血が騒ぐのだろう。「負けでいい」と言った私が、どうしてこうも熱くなるのだろう。

あはは。円堂君に、あんなこと言われたら、もう黙って見てるだけなんて、できないよね。


「……なら」


ぎゅっと拳に力を入れる。覚悟は決めた。


「私をメンバーに入れて!」


円堂の目が大きく見開かれる。


「駄目と言ったでしょう! この試合は雷門男子サッカー部として……」


不愉快……いや、冬海先生がヒステリーチックに妨害してくる。本当に邪魔だ、この先生。
しかし、その先生を遮る人物がいた。

先ほどから見ないようにしていたが、見ないようにするには、あまりにも目立ちすぎた少年。赤マントにゴーグルを装備した、確か、鬼道とかいう少年が割って入ってきた。


「別に構いませんよ。つまらなくなってきたところですし。まぁ、女一人加わったところで、大して変わらないでしょうが」


口の端をあげて笑う様が実に、いけ好かない。


「……そりゃ、どーも」


礼を述べて、イーっと歯を向けるも、全く相手にされなかった。

……ゴーグル変態マント野郎……今に見てろよ。
そのうち、ぎゃふんと言わせてやる。



スタミナ切れでもう動けそうもない少林寺君がベンチに下がり、私はグラウンドへと出た。

……ちなみに、少林寺君のユニフォームを借りるのはサイズ的に厳しかったので、体操服でゲーム入りすることになった。

風丸君が心配そうに話しかけてきた。


「……、どうして入ってきたんだ。やつらのプレイは見ていただろう。女に容赦してくれるようなやつにも見えない」


心配してくれるのはうれしい。
けれど、いくら大好きな風丸君でも、許せないものがあった。
彼の鼻を思い切りつまんだ。
しかめた顔が、かわいいなんて思ってしまう。


「よーするに、風丸君は私が弱虫だって言いたいの?」


鼻をつまんでいる手を振り払って、風丸君は否定する。


「違う! 俺はっ!」
「わかってる。心配してくれてたんだよね。でも、私もすんごく心配してたんだからね。グラウンドの外で。
……あれだけ一緒にサッカーの練習してたのに、私だけグラウンドの外。試合の光景を、どんな気持ちで見てたかわかる?」


ちょっと意地悪に言ってみせると、風丸君は黙ってしまった。
ややあって、ぽつりと言葉をこぼした。


「……それでも、俺は心配なんだ。に怪我して欲しくない。……今の俺たちじゃ、守れないから」


悔しそうにうつむく姿を見て、胸が苦しくなる。

男の子だもんね。「守れない」って言葉がどれほど重くて苦いのか、私には想像することしかできない。
その言葉を言わせてしまって申し訳ないと思う気持ちと、それとは裏腹に、風丸君に、大好きな人にそう言ってもらえる嬉しさが入り交じる。

けれど乙女心よ、今は我慢して!


「自分で決めたことだもの。私のことは私が責任を持つ。風丸君は、私じゃなくて円堂君のサッカーに対する思いを守ってあげて。私も、それを守りたいって思ったから」


観念したらしく、両手をあげて彼は首を振った。
私の頭の上に手を乗せると、彼は呆れ笑いを浮かべて言った。


「いくぞ!」


それに、私は笑顔で応えた。



ふと、あの男。佐久間次郎と、目があった。
あれほど、無視していたのに、何故だろう。

ヤツのことだろうから「しゃしゃり出てくるな」とでも言いたいのかもしれない。

けど、もう止められない。
丁度良い。このモヤモヤした関係にもケリをつけないといけない。
……こうでもしないと、あんたはもう口をきいてくれないだろうから。

そう、逃げちゃ駄目だ。
私は、あんたから逃げるわけにはいかない。


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