隣のあいつは憎いヤツ

揺らぐ心



「どういうつもりですか、鬼道さん」


試合を再開するグラウンドには少女の姿が一つ、それは佐久間がよく知る人物だった。


「ただでさえ奴らのサッカーはゆるいのに、女なんて入れたら話になりませんよ」


の頭の上に風丸の手が置かれる。
嬉しそうに微笑む姿が、佐久間には気に入らなかった。自然と眉がつり上がる。


「なら、大して変わらないだろう。目的のヤツが出てくるまでの暇つぶしだ。……ま、暇つぶしにもならないだろうが」


それが何を意味するのか、理解するのに時間はかからなかった。


「……女だろうと関係ない……ですよね」


帝国のサッカーを身に染みて知っているからこそ、簡単に導き出される解答。


「あぁ、そうだ。わかっているじゃないか」


口元をあげて笑う鬼道を、佐久間は複雑な心境で見つめた。そして視線を自分の両手に移した。

無理矢理腕をつかんで引っ張ったこともある。捻りあげたこともある。締めあげるように、抱きしめたこともある。

の体はとても帝国のプレイに耐えられるような体じゃない。それがわかっていても、佐久間は動くことができなかった。


(……俺には関係ない)


もう、気にしないと決めたのだ。
ただひたすらサッカーの強さを求めたら良いのだと決めたのだ。

佐久間は眼帯にふれた。


(サッカーだけが、俺の全て。強さだけが正義)


暗示をかけるように、自分に言い聞かせた。

試合再開のホイッスルが鳴る。
の真っ直ぐな目とかち合った。瞬間、佐久間の心臓がはねた。


(あいつを見るな! ボールに集中するんだ!)


動揺している自分に苛立ちが募る。

佐久間が心の内で葛藤を繰り返している間にも、時は流れていく。

ボールがグラウンドをかけだす。


(俺は……帝国サッカー部の佐久間次郎だ!)


佐久間は感情のままに走り出した。
雷門のパスを、やや強引にカットしそのまま、雷門のゴールへとボールを連れゆく。

が、遮る影に思わず動きが止まる。


「……


手を伸ばせば頬にふれられるほど近くいた。ぽつりと名を呼んだ声は聞こえてしまったか、佐久間にはわからない。

動きを止めた佐久間からボールを奪うと、は帝国のゴールへと反転した。


「何をしている佐久間!」


鬼道の声で我に返り、舌打ちをした。


「くっそっ! なめるなよ!」


駆け出すも遅かった。

辺見が強引にからボールを奪い取り、がまたボールを取り戻そうとしていた。
それがマズイ状況だと佐久間が理解した時、


「ジャッジスルー!」
「っぁあ!」


の体が宙に吹っ飛ばされていた。ジャッジスルーを受けるには華奢すぎる体が、地面を小さく跳ねる。

佐久間は体中の血液が沸騰するような感覚に陥る。


!」


審判がファウルを告げ、ゲームは一時中断される。
雷門の人間がに駆け寄るのを背中で感じつつ、佐久間は辺見を睨みつけた。

佐久間もに乱暴をしたことがある。けれど他の人間が同じように接するのを、よしと思えなかった。

殴りとばそうと、足を踏み出した時、


「大丈夫、大丈夫。まだやれるから」


試合を続行すると言うの言葉に、足が止まった。


(……あんの馬鹿)


ふらふらと立ち上がる姿を見て、佐久間はもう抑えられなくなった。

ずんずんと、無言で歩み寄ると、無理矢理腕を引っ張って立たせた。


「痛いっ! 何すんのよジロー!」
「おい! に何する気だ!」


見れば、佐久間が気に入らない青髪。風丸だった。


「うるさいな。ボロボロの優男は引っ込んでろ」


肩を押せば容易に地面へと倒れた。とっくに風丸の体は限界に達していたらしい。


「ジロー! あんたいい加減にしなさいよ!」


が暴れ出す。だが、ダメージが大きかったらしく大した抵抗になっていなかった。

佐久間はその腕を掴みながら、引きずるようにグラウンドの外へと歩みを進める。


「ちょっと! どこ連れてく気!」


振り向きもせず、佐久間は先へと急ぐ。その問いに答える気はさらさらないとでもいうように。


「待て佐久間! どこへ行く気だ」


鬼道の言葉にようやく佐久間の足が止まる。
ゴーグルの向こうに潜む鋭い瞳を、佐久間は正面から見据えた。


「鬼道さん。俺たちは棄権します」
「……なんだと」
「『俺たち』って! 何勝手に私まで入れてんのよ!」


の発言が終わるのを待たず、佐久間は再び歩みを進める。


(駄目だ駄目だ駄目だ。こいつは……ここにいたら、駄目なんだ)




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