隣のあいつは憎いヤツ
仲直りの握手
ジローに無理矢理連れ出され、校舎裏までやってきた。
その間、文句を言い続ける私に、ヤツは無言。
そして、校舎を背に、私を抱え込む形で座り込んだ。
「ちょっとジロー。……返事くらいしなさいよ」
他人だなんて言っておきながら、無理矢理連れ出して、一体、何がしたいんだかまるでわからない。
確かに、ジローとの問題はケリをつけとかなきゃいけないけど、試合の方も気になる。
「…………するな」
「え?」
ようやく口を開いたが、何を言ったのかわからなかった。
抱きすくめる腕に力が入る。
「サッカーをするな。サッカー部をやめろ」
「……いきなり、何言い出すの」
また、カッとなりそうだった。
駄目だ。ここでまた言い合ったら、私たち何も変わらない。
「ねぇジロー。あんたいつも言葉が足りないのよ。ちゃんと、どうしてそう思ったとか、今何を考えているとかさ。言ってくれないとさ。……また喧嘩になっちゃう」
ジローの腕をゆるめて、ヤツの目を正面から受け止める。
揺れた瞳に私の姿が映る。
「あんたとの喧嘩は、後で考えれば馬鹿だなとか楽しかったなとか、思えるものも多いし嫌いじゃない。……でも、どうしようもなく嫌な気分になる喧嘩はしたくない」
すると、ジローは少し驚いた風に聞き返してきた。
「……俺のこと……もう嫌いだろ」
「え、私そんなこと言った覚えないけど」
「でも、嫌いだろ」
何をウジウジと……もしやこの佐久間次郎という超身勝手男は、そんなことを気にしてたのか。
「あんた、ばっかじゃないの!」
ヤツのほっぺたをおもいっきり引っ張ってやる。さっきまで揺らいでいた瞳から、私がよく知る鋭くて意地の悪いものへと様変わりする。
「嫌いじゃなくて、気・に・入・ら・な・い・の! あんたの身勝手なところとか、口の悪いところとか!
それでもあんたの事は、大事な友人だって思ってる! まさかあんたは違うとか言うんじゃないでしょうね! さんざん勝手に人の家に入ってきたりして好き放題しておきながら!」
まだまだ言いたいことはたくさんあった。けれど、それより先を言うことができなかった。
ヤツとの距離が縮まる。
額と額がくっつきそうになるくらいに近くなり、そして……。
額に強い衝撃が走った。
ジローに頭突きを食らったのである。
「痛っ! 何すんのよ!」
「バーカ。避けれないノロマが悪いんだろ」
「そんな訳ないでしょ! あんたが悪いに決まってるじゃない!」
私は、掴みかかろうとして、ふと動きを止めた。
「……ジロー、ごめん」
「なんだよ。急に……気色悪い」
「ちょっ……気色悪いって、……いや、ま、今は我慢してあげる。あんたさ。私が前に『嫌いなら構わなきゃいい』って言ったこと、気にしてたんでしょ」
「…………別に」
「だから、ごめん。で、仲直り」
手を出して、握手を求める。
すると、ジロー呆れ顔でそれを眺めた。
「お前な……ずいぶんと軽いノリで言ってくれるな」
「だって、もうこんなギクシャクした関係嫌でしょ。だから、さっさと仲直り」
ヤツが手を出すのを辛抱強く待つ。が、なかなかヤツは手を出さない。
すると、ヤツは鼻で笑って言った。
「仕方ないな。お前が、どーしてもって言うからだぞ」
「『どーしても』なんて言ってない!」
「でも、そうだろ!」
「違う!」
ガルルルルと犬の喧嘩のように、睨み合いが続く。
これだけ私が譲歩してやったのに、本当にどうしようもないヤツ!
引き下がったら負けだと、睨み続けていると、ふと私たちの間に影が入った。
二人そろって顔を向けようとしたら……
「いい加減にしろ!」
「痛ぇっ!」
「痛いっ!」
脳天にとんでもないダメージを食らった。ジローも同じく。
私たちの間に割ってきた人物。それは源田君だった。両手に握り拳を作り、眉をつり上げて、怖い表情をしている。
私はこの顔を知っている。
昔から、ジローの馬鹿に付き合わされた時に、決まってこの顔でお説教されたのだ。
懐かしい……なんて言っていられない。
「二人とも手を出せ!」
勢いに負けて、おそるおそる手を出すと、源田君は無理矢理ジローと握手をさせる。
「これで仲直りだな」
有無を言わさない。
私もジローもタジタジとしてしまう。
「ちょっとジロー。あんたのせいで源田君、すっごく機嫌悪くなってんじゃない」
「はぁ? 俺じゃなく、お前のせいだろ」
「なんでそうなるのよ!」
再び、戦いのゴングが鳴りそうな雰囲気になった時、
「仲直りした、だろ?」
普段穏やかな源田君が、久しぶりもあってか、喧嘩の仲裁に入るパワーがハンパない。……正直、怖い。
「佐久間ももその辺にしておけ。佐久間。鬼道さんが呼んでる。ちゃんと謝ってこい」
「……げ」
「はっ。せいぜいあの、変なゴーグルマントに怒られてきなさいよ」
「お前! 鬼道さんになんてことを!」
「いいから行ってこい! も、試合はとっくに終わってるんだ。……仲間のところに行ってきたらどうだ?」
「あ、……そうだね」
急に現実に引き戻された気がした。
一気に気が沈む。
すると、源田君の手が頭に置かれる。
「この試合、帝国の棄権負けだ」
驚いて顔をあげると、源田君はジローとともに去っていった。
「え、え? なんで?」
一人ぽつんと残された私は、大慌てで仲間の……雷門サッカー部のみんながいるところへと走った。
* * *
横を歩く佐久間を、源田は穏やかな気持ちで見ていた。
「嬉しそうだな」
「はぁ? なんでそうなるんだ?」
まさか、気づいていないとでも言うのだろうかと、源田は思う。仲直りするまで、あれだけピリピリとした空気をまとっていたというのに、と。
「『お節介はいらない』と、お前は言ったな」
源田は、もう余計な手は出さないでおこうと、決めていた。けれど、
「どうやら、お前はいらなくとも、俺はしてしまうらしい。放っておいたら、俺が疲れるからな」
「どういう意味だ」
「言葉通りだ」
ムスっとして黙り込む佐久間を見て、笑いがこみ上げてくる。
「よかったな」
「何が」
「いや、俺がだ。少し、安心した」
本当に損な役回りだと源田は思う。
けれど、悪くないとも思えた。
「そのうち、三人で飯でも食べるか」
「あいつも誘うのかよ。うるさくなるぜ」