隣のあいつは憎いヤツ
風邪
駄目だ。頭が痛い。気持ち悪い。吐き気がする。
時折、咳がでて、そのまま何か吐き出してしまいそうになる。
ふらつく足取りで何とか、学校から帰宅する。
「……ただいま」
返事はない。今日に限って両親は帰ってこない。
体調の悪い時、独りぼっちだなんて、心細いったらない。
熱のせいか涙まででてきた。
とにかく、休もう。
部屋に戻ってパジャマに着替える。
……寒い。
瞼を閉じて、祈りながら眠る。
早く治れ、と。
ピンポーン♪
こんな時に限って来客らしい。
出て行く気なんてさらさらない。布団を被って無視を決め込む。
ピンポーン♪ピンポーン♪ピンポーン♪
…………いい加減に、しろ。
一回、怒鳴ってやろうかと思った矢先、部屋のドアが開いた。
不機嫌を顔に貼り付けた、佐久間次郎の姿がそこにあった。
「お前な!いるなら出ろ!」
病人を目の前にして言う事はそれか。
言い返そうと、口を開くも、出てきたのは言葉ではなく咳。
一度咳が出たら、なかなか止らない。
「……俺に移すなよ」
二歩下がるヤツを睨みつけるも効果なし。
「……なん、の……よう?」
枯れた喉で精一杯、声にする。
「ん」
と差し出されたのは回覧板。
それだけのために、私は安静に寝ているとこを邪魔されたのか!
怒りの言葉の代わりに、やっぱり咳が出てくる。
……し、しんどい。
そんな私をヤツは鼻で笑った。
「ハッ、軟弱なやつ」
「……もう、帰れ」
「俺、お前んちに飯たかりに来たんだけど」
「帰れ」
「……仕方ないから源田を呼ぶか」
なんて、ケータイ取り出して、本気で源田君に連絡とり始めた。信じられない。
***
「そう、目くじらをたてるな」
なだめるように、源田君は私にお粥を差し出した。美味しそうな匂いが鼻をかすめる。
あれから程なくして、源田君が駆け付けてくれた。
私の具合はすでに聞いて聞いたらしく、すぐにお粥を作ってくれた。
ホントに優しい。……どっかの馬鹿と違って。
「佐久間もお前の事が心配で俺に連絡してきたんだぞ」
だから怒るな、と彼は言う。
「ちぇっ……俺もお粥かよ」
と、病人でもないのに、源田君特製お粥をちゃっかりいただいている馬鹿が、なんだって?
早く帰れば良いのに。
「じゃ、俺は台所の後始末があるから……佐久間」
「…………わかってるさ」
源田君が部屋を出て行くと、佐久間次郎は源田が持ってきたスーパーの袋をあさりだした。
何をしているのだろうと、身を乗り出してみる。
「何して……あだっ!」
おでこに打撃あり。……まぁそれほど大袈裟ではないのだけど。何だろうおでこがヒンヤリする。
「冷えピタ。なかなか似合ってるぞ」
ニヤニヤと笑うヤツに、苛つく気持ちが膨れ上がる。爆発寸前だ。
……こんにゃろ。
病人が、いつまでもおとなしくしていると思うなよ。
一発ど突いてやろうと、勢いよく身を起こす。
威勢が良いのは始めだけ、すぐに目眩とともに全身から力が抜ける。
ど突くはずの相手に、体を預ける形になってしまった。情けない。
それにしても、よくふらつきもしないで受け止められたな。ちょっと感心する。
「……お前、何がしたかったんだ?」
飽きれた声が上から降ってきた。……聞かないで欲しい。
ふと、背中に手が回され、そのまま背中をさすられる。
何がしたいのだろう。と、問い掛けるより先に、ヤツの口が開いた。
「……ノーブラか」
結局、この佐久間次郎は頭の先から足の先まで、最低な人間という事か。
私の右手が煌めいて、ヤツの頬に裁きを与えた。
なに、当然の結果というものだ。