ミニ四駆学園
最悪の出会い
誰にでも一度や二度くらい最悪の出会いをすることがある。
私とヤツとの出会いはまさにそれだった。
今は自由選択科目の授業。
ブレットとエッジはレーサー関係の実践授業に出ているらしい。
私はというと、当初の予定通りサポーター関係の授業を取っていた。
「何というか……退屈だな」
数枚のプリントが配られ、あとは教員の話を聞くだけ。
特に、することもない。
まぁ、最初の授業だし仕方ないか。
何度か目のあくびをかみ殺して、……あぁもう駄目だ、眠い。
机に突っ伏して、目を閉じる。
今なら心地好く夢の世界へと羽ばたける気がする。
「あの…………」
とんとんと、肩を叩かれた気がする。
駄目だ。今、私は最高に眠いんだ。後にしてくれ。
「起きた方が良いですよ?」
ゆさゆさと、今度は揺らされる。
あぁ、鬱陶しい。邪魔するな。今、私は桃源郷ドキドキワクワクツアーで忙しい。
「他の皆さんは、もう行ってしまって貴女一人なんですが……」
「………………一人?」
ゆっくりと顔をあげる。そして、教室を見回す。
……誰もいない。
正確には、私とこの起こしてくれた誰かさん以外、誰もいない。
これは、しまった。
「みんなは何処に?」
「これから実際にレースを見に行ってデータを集めたり、簡単なサポートの仕事をしたりするそうです」
よって、寝ていた私は置いてけぼりというわけか。
「……それを早く言いたまえ」
と、言ってみると「すみません」なんて素直に返してくる。
いやいや、只の八つ当たりだから。気にしなくて良い。
ちょっと悪いことをしたかな。なんて思ってしまう。
「急ごう。場所は?」
「第二グラウンドです」
「……何処だそこは?」
入学したばかりで、何処にどの施設があるかなんて知らない。
「こっちですよ」
「……今、笑っただろう」
親切な口調、親切な動作。実際、彼は親切な人だ。
だが、私は見逃さない。今、呆れて笑ったろう?
「気のせいですよ。それより急がなくて良いんですか?」
「……仕方ない。見逃してやるとも」
などと、可愛げのないことを返してしまったが、やはり彼には礼を言うべきか。
「ありがとう助かった。あのまま一人でいたら良い笑い者だからな」
「そうですね」
素直に肯定とは。なかなかやるな。
しかも、笑顔をプラスαでつけてくるなんて。
「お前。名前は?」
せっかくだから名を覚えてやろう。
そう思って、軽い気持ちで聞いてみた。
「エーリッヒ・クレーメンス・ルーデンドルフです」
…………
…………………。
「……長くないか?」
「そうでもないですよ」
文化の違いもあるかも知れない。
だが、一般論として言わせてもらおう。
横文字、つまりカタカナ5文字以上の名前は、普通、覚えにくいんだ!
てか、覚えさせる気ないだろ!
もはや、喧嘩を売っているのかとさえ思う。
「すまんが、覚える気ない」
「なら、エーリッヒでいいですよ」
「初めから、そう言え」
……エーリッヒのヤツ、実に楽しそうだな。
「私はだ」
「よろしくさん」
なんだかんだと話しているうちに、第二グラウンドとやらに着いた。
見れば、受講していた他の生徒達はすでに何か作業をしていた。
どうしたものかと只見ていたら、私を置き去りにして行った教員が話しかけてきた。
「なんだ、お前等遅いじゃないか」
「すいません」
「寝てました」
「おいおいしっかりしろよ。まぁいい。これを向こうのレーサー達に配ってきてくれ」
そう言って渡してきたのは、
「タイヤ?」
「こっちはモーターですね」
大量のパーツを渡されてしまった。
「ぐずぐずしてないで、早く渡して来いよ」
これって、所謂……雑用?
まぁ、サポーターだからな。仕方ない。
エーリッヒと共に、実践演習をしている生徒達に配ってまわることになった。
「それにしても、あの教員。何もこのまま渡すことはないだろう。持ちにくいと言ったらない」
箱に入れてよこさないのは、私を試しているつもりか。
しかも、なんで私がタイヤなんだ。
タイヤは4つで1セットと決まっていて、モーターなんかよりも多くて持ちにくいのに。
どうやら人間イライラすると、動作が雑になるらしい。
ぽろりと、タイヤを1つ落としてしまった。
……あ、まずい。
と、私は反射的に屈んで取ろうとした。それがいけなかった。
「「あ」」
思わず、エーリッヒと声を揃えてしまった。
…………、わかってる。でも反射的な動作だったんだ。仕方ないんだ。
1つ落として、持ってるタイヤ全部落とすとかね。
お約束にもほどがあるというものだ。
わかってる。わかってるから……頼むからエーリッヒ笑ってないで拾うのを手伝ってくれ。
「仕方のない人ですね」
そう言って、エーリッヒは自分の持ってるモーターを一旦置いてから、散らばったタイヤの回収を手伝ってくれた。
なるほど、私のようなヘマはしないと言うことかな?
なんて見ていたら、口にはしないものの、彼は笑顔をもって私の思いに応えくれた。
……別に、こんな思いにいちいち返さなくても良いよ。
はぁ……初対面相手に、こうも立て続けに情けないところを見られるとは……今日は厄日だろうか。
「それにしても、随分とまき散らしてしまいましたね」
「タイヤなんだから仕方ないだろう。あと1つ、えーと……あ、あった」
随分と遠いところまで転がってしまったものだ。
慌てて回収しようとした時、一人のレーサーが通りかかった。
うん。一歩遅かったというやつだな。
「うわぁっ!!」
通りかかったレーサーが、見事にタイヤを踏んづけて、見事に転んでしまった。
いや、何というか本当に見事な転びっぷりだな。
転んで手をついた先がぞうきん入りバケツの中だなんて、まるで誰かが謀ったみたいじゃないか。
「あちゃぁ……」
見れば被害者はこっちを睨んでいる。ものすごい形相だ。
私だって「危ない」とか声をかけようとか思ってたさ。でも、とっさに声が出なかったんだから仕方ないだろう。
もう、すまんとしか言いようがない。
「シュミット!?」
どうやらエーリッヒの知り合いだったらしい。
エーリッヒは急いで転んでしまった哀れな知人の元へ駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
私も、人ごとではない。……ていうか私が元凶だ。
エーリッヒに続いて私も、彼が言うシュミットとやらに駆け寄る。
「すまない。怪我はないか?……」
一応、謝罪してみたが、あぁ駄目だ。
目がバケツの方にいって、顔がにやけてしまう。
だって、よりにもよってぞうきん入りバケツに手がINなんて。
「おい!お前!それで謝っているつもりなのか!」
……さすがに今の態度は自分でも悪かったと思っている。
だが、思わず笑いがこみ上げてしまう時だってあるだろう。不可抗力だ。
「いや、本当に悪かったて」
「……ふん。どうやら相当な礼儀知らずのようだな」
「だから、謝っているだろう」
「それが謝った内に入るか!」
キーンと、私の耳が悲鳴をあげる。
「どうして、こんな所にタイヤが転がっているんだ」
「ついうっかり私が落としてしまったからだな。なに、うっかりなんて誰にでもある」
「自分でフォローするな!」
「良いじゃないか。ネガティブ思考はよくないぞ」
「お前は少しはネガティブになれ!」
いや、だから耳が痛いって。
……うるさいのはそっちだろう。
「だいたい。危ないと思ったら、声をかけるなりすれば良かっただろう!」
「いや〜。意外ととっさに声って出ないものなんだな」
「キ〜サ〜マ〜。反省しているのか!」
「反省はしてるよ」
悪いとも思ってるけど、だんだんこっちが腹が立ってきた。
「いい加減しつこいな。大した怪我もないんだろう。一応謝ったんだから良いじゃないか。それとも何か。ガキじゃあるまい『土下座しろー』とか『泣いて謝れー』とかいうのか?良い趣味だな」
「なんだと!」
掴みかかりそうな勢いでシュミットとやらはこちらを睨んでくる。
そっちがその気なら、こっちだって負けない。
バチバチと火花散る戦いが始まろうとしていた。
「気持ちは分かりますが落ち着いて下さいシュミット。さんも言い過ぎですよ」
鎮火しにかかったのはエーリッヒ。
私とシュミットの間に入ってきた。
でも、それで収まる私ではない。
「ふん。頑固者」
ぷいっと背を向けて一言言ってやった。
「分からず屋の君に言われたくない」
向こうもこの程度で終わらせる気はないらしい。
「……どうしろって言うんですか」
こうして、私とヤツは出会った。
今思えば、エーリッヒには本当に迷惑をかけたなと思う。
でも、私だけが悪いわけじゃない。
だって、今現在だってヤツの方から我が侭ぬかしてる。
「何でお前が俺のサポート役なんだ!」
私の授業とシュミットの授業は合同になることが多い。
それは別に構わないが、
なんで毎回、私がこいつのサポーターにつかねばならんのだ!
理由を述べろ教員!
「それはこっちの台詞だ!エーリッヒ代わってくれ」
「……ですが、勝手に代わるわけには……」
「「エーリッヒ!!」」
「…………どうしろって言うんですか」
エーリッヒは苦労する人だと思う。
主に、この二人に挟まれて困ればいいと思ってる。