ミニ四駆学園
お弁当の時間です
チャイムが鳴った。
ようやく昼休みか。
お腹の虫が涙を流しながら鳴いている。
私は、よしよし泣くな〜我慢しろ〜と、お腹をさすり、クラスメイトに声をかける。
「へいブレット。お昼はどうするんだ?」
「は……へぇ弁当か。なら、俺は購買で何か買って来るとするよ」
「……それは『一緒に食事しよう』という返事と捉えて良いんだな?」
「そうだな。でも、誘ったのはそっちだろう?」
まぁ確かに、昼をどうするかと聞いた時点で誘っているも同然か。
「そういえばエッジは?あいつも誘おうと思ったんだが」
「あいつは、さっき担任に呼び出されてたよ」
「……何やったんだ」
「さぁ?」
にやりと、ブレットは悪戯っぽい笑みを口元に浮かべる。
相変わらず彼はサングラスをしていて、そのせいか口元の変化が一層目につく。
そういえば、私はまだブレットの素顔を見たことがない。
こいつは、どんな目をしてるんだろう。
「ブレット。いつも気になっていたんだが……」
「へぇ、俺のことが気になる…ねぇ」
一層笑みを深くして、ブレットはこう続けた。
「プロポーズならもう少しロマンチックな場所を選ぼうぜ」
「いや、違う」
「それは残念」
大して残念そうにしていないのに、と思う。
ま、これは彼のいつもの冗談だ。もう慣れた。
「いつもサングラスをしているが、外さないのか?」
「見たいのかい?」
「まぁ、気になるが……」
「残念だが、夜をともにする人にしか見せないことにしているんだ」
さらりと言ってくれる。
彼の冗談はいつも笑えない。
というか、冗談と分かっていても返答に困るのだ。
でもま、ようは見せる気はないってことだろうから、これ以上何も聞くまい。
「まぁ、いいさ。それより何処で食べる?」
「そうだな。中庭にコースがあったな。そこなら食後の運動もできそうだ」
「ミニ四駆馬鹿」
「お互い様だろ」
場所は決まった。
エッジにはメールで伝えて、私達は中庭へと移動する。
お弁当とミニ四駆をお供につけて。
中庭のコースはこぢんまりとしていて、あまり使われていないようだった。
実際、この場に私達以外誰もいない。
まぁ、これじゃ使いにくいし、他に良いコースがあるからな。
「……こんなコースで良かったのか?」
ブレットがこんなコースで満足するとも思えない。
別のコースに移動するかもしれない。腹の虫よ、もう少し辛抱してくれ。
「構わないさ。もともと、ランチに来たのだから。これくらい静かの方が良いだろう?」
「まぁ、確かに静かの方が落ち着く……が、本当に誰もいないな。エッジのヤツわかるかな」
迷子になって、泣きついてくるエッジの姿が目に浮かぶ。
「別に、来ないなら来ないで問題はないさ」
「冷たいヤツ」
「迷ったら連絡くらいしてくるだろ?」
そう言ってブレットは携帯をちらつかせる。
あぁ、なるほど。確かに、それなら問題ないな。
「じゃ、先に食うか」
「そう言うお前も冷たいヤツじゃないか」
安心してお弁当を広げる私に、ブレットは呆れ顔。
……別に、いいじゃないか。
これ以上、腹の虫を泣かせたらかわいそうじゃないか。
「うるさい。私は今非常に腹が減っている。よくぞここまで我慢したと思うぞ」
「ま、確かにいつ来るかわからないヤツを待つ必要はない、か」
二人そろってエッジを待たずして、昼飯にありつくことにした。
飯を食う時が、一番幸せだなんて思うのは私だけではないと思う。
少なくとも私の腹の虫は幸せそうだ。
「……、弁当は自分で作ってるのか?」
購買で買ってきたパンをかじるのを止めて、ブレットが聞いてきた。
……どうやら、私のお弁当のできがあまりよろしくないとでも言いたいらしい。
「まぁ、一人暮らしなのだから仕方ないだろう。食費は抑えたいんだ。……だから、そんな目で人の弁当のぞき込むな!」
ばっと、弁当箱をブレットから遠ざける。
すると、実に愉快そうに言い返された。
「おや。俺の目は見えないんじゃなかったのか?」
「見えていないがそんな気がする。実際そうだろう!」
「思い違いも良いところだ。悪くないと思うぜ」
ブレットの腕がこちらに伸びてきた。
狙いは弁当か。そうはさせない!
私の両手でブレットの腕を妨害するが、難なくひょいっと、かわされる。
一瞬にして、私のお弁当から卵焼きが奪われた。
「あぁ!なんてことを!」
「ご馳走様。ま、こんなもんじゃないか」
口パクで、お前にしてはと言っている。
「ブレット!!!」
「怒るなよ。ほら」
「んぐっ〜〜!?!?」
掴みかかったところで、口に何か押し付けられる。
「やるよ」
「んぐっ!ん〜〜っ!んん〜っ!!」
どうやら、ブレットの食べていた購買のパンらしい。
焼きそばパンか。……なんて余裕ない!
喉が詰まる!!
ブレット、笑ってないで何とかしろ!!
「ん〜っ!ん〜っ!」
「……おい。まさか、本気でヤバイのか?」
初めからやばいって!
「弱ったな。ドリンクを買ってくるのを忘れたんだ」
なんだと!人を殺す気か!!
もう駄目だと、意識が遠のきそうになった時、視界の端に希望を見つけた。
正確には、中庭でお昼にしようかと訪れた生徒二人。手にはドリンクを持っている。
迷ってなどいられない!!
「おい!!」
猛ダッシュでその生徒の元へ行き、ドリンクをひったくる。
「お、お前は!!」
「さん!」
何か聞こえたけど、所有者に断りなんてしていられない。
蓋を開けて、一気に喉に流し込む。
「ぷはぁっ!!……げほっげほっ!!死ぬかと思った…………」
急に力が抜けて、ぺたんとその場に座り込む。
うむ。落ち着いた。
「またお前か!」
あれ?どこかで聞いたような声だな。
嫌な予感がひしひししながらも、顔を上げるしかなくて、声の主と目が合う。
……後悔したとも。
「……シュミット……さん?」
どうやら、先程のドリンクはシュミットのものだったらしい。
これは、まずいと顔が引きつる。
「……どうしたんですさん?」
一緒にいたエーリッヒが何事かと聞いてくる。
まぁ、当然そうなるわな。
「いや、言い訳させてもらうと、全てはブレットが悪いんだ。ヤツのせいで私は今死にかけたんだ。いや〜、シュミットのおかげで助かったな〜……なんて、あはは」
「ブレットだと?」
あれ。反応するのはそこなのか?
「Hey!シュミット。久しぶりじゃないか」
後からのんびりとやって来たブレットが、シュミットに親しげに声をかけた。
……人の一大事になんてヤツ。
「知り合いか?」
「ま、似たようなものだな。彼とは戦友……とでも言おうか」
「久しぶりだなブレット!」
私に対する対応とはえらい違いだ。
シュミットは嬉しそうにブレットに歩み寄る。
彼の満面の笑みを初めて見た気がする。
「お前がこの学園に入ったのは聞いていたが、……借りは一体いつになったら返してくれるんだブレット?」
「お望みとあれば、今すぐにでも」
……戦友か。
二人とも随分と楽しそうだな。
「二人とも楽しそうだなエーリッヒ」
「そうですね。あの二人はいつもあんな感じですよ」
「ふぅん。……あっ、なんかレース始めるらしいな」
「そうですね。どうしましょう?」
二人の戦いだ。参加するのは野暮だろう。
私とエーリッヒは観戦するしかない。
「そういえば、昼飯を食べに来たのだろう?馬鹿は放っておいて一緒に食べないか?」
「昼食をとりながら観戦ですか。良いですね」
盛り上がってる馬鹿を他所に、私はエーリッヒと優雅なランチタイムと洒落込んだ。
「そういえば、お前!俺のドリンクどうしてくれるんだ!」
私達が昼食を終えた頃、二人の対決は同着という結果を残して終わったらしい。
「あ。忘れてた」
「忘れてたじゃない!」
「……別に一口飲んだだけじゃないか。ほら」
まだ、ドリンクは残っている。
どうせレースの後で喉が渇いてるだろうからと、妙な親切心で蓋を開けて、シュミットの口に押しつけてやる。
多少、乱暴だったのは相手が相手だから仕方ない。
「……!!ちょっ……待てっ……!!!……げほっ!!」
「あ。すまん」
「シュミット!」
これじゃ、さっき私がブレットにされたのと同じだ。
……ま、いいか。
「………げほっ!……っお前!わざとだろ!」
「まさか。それより、早く昼食を終えないと休み時間終わるぞ」
「何っ!!」
「ちなみに、私とエーリッヒはもう食べ終わったから」
ぽつんと、シュミット一人を残して私達は退場する。
何か叫んで追いかけてくるけど、気にしない。
って、あれ?
「ブレット。お前、昼食全部食べ終えてないだろう?」
手に提げてるビニール袋を指さして聞いてみた。
「ま、全く食べていない訳じゃないし、次の休み時間にでも食べるさ」
「保てばいいね」
「心配か?」
「いや、全然」
その頃、すっかり忘れられていたエッジだが……。
「なんで二人とも電話にでないんだよ!!」
……迷子になっていたらしい。
すまない。マナーモードで気づかなかったんだ。
レースに夢中だったブレットも然り。
本当にすまない。
ごめんエッジ。でも君はそういうポジションなんだと思うんだ。
そして、私の中でブレットは、結構平気でさらりと恥ずかしいことを言っちゃう人なんだ。