ミニ四駆学園

ドキドキわくわく野外レース



 今日は遠足という名の野外レースの日だ。
 場所は小さな山の中で、コースは勿論オフロード。
 大自然に囲まれながら食べるご飯、身も心もリフレッシュ。

 ……するはずだったんだ。
 あいつと同じ班にさえならなければ。

「なんでクラスが違うお前と、同じ班になるんだ」

 私の目の前にはシュミット。相変わらず、私の顔を見るなり眉間に皺を寄せている。

「それはこっちの台詞だ」

 遠足の班は、クラスに関係なくごちゃ混ぜに決められた。
 全く、誰が考えたんだ。普通にクラスのメンツで良いじゃないか。しかも、何故わざわざシュミットと同じ班にする必要があるんだ!

「言っておくが、私の足を引っ張るような真似だけはするなよ」
「それも私の台詞だ」

 バチバチと火花を散らす。両者ともに譲らない。

「おいおいまたか。それよりも手を動かした方が良いぞ」

 割って入ってきたのはブレッド。手には包丁が握られている。隣にはエーリッヒ。鍋を持っている。

 今日の昼食はカレー。
 つまり、自分達で作れということだ。

 残念ながら今回は、ブレッドとエーリッヒとは別々の班だ。

「昼食がいらないのなら止めないが」
「私達の班は、あとは煮込むだけですね」

 くそう。シュミットとエーリッヒを取り替えたい。
 ちなみに私達の班は、まだ材料も切り終えていない状況だ。

「ちっ。シュミットのせいでとんだタイムロスだ」
「人のせいにするな!」
「あーもう、うるさい。いいから手を動かせ、お腹すいた」

 何か言い返そうとしたシュミットだったが、流石に時間が気になりだしたらしい。黙々とジャガイモの皮をむき始めた。
 なんというか、見ていて思うのだが、

「不器用」
「うるさい。慣れていないのだから仕方ないだろう」

 危なっかしくて、見ていられない。
 今、指をかすっただろう。

「…………シュミット。Jかリョウと代わってこい」

 今回初めて知り合ったJとリョウは、同じ班のメンバーだ。今は米を炊く係にまわっている。
 少なくともシュミットよりかは包丁の扱いはマシだろう。今すぐ代わってこい。
 隠し味にお前の指の一部が入ったカレーはいらない。

「断る。慣れてはいないが、責任は最後まで果たす」

 ジャガイモごときに、責任感じなくても良いと思う。
 だが、こいつが頑固なのは今更だ。
 仕方ない、私がこいつの分も頑張ってやろうじゃないか。
 何も言わず、ペースをあげる。

「調子はどう?」

 ひょっこりと明るい声、Jがやって来た。
 どうやら自分の仕事が終わったらしい。

「見ての通り。シュミットが駄目駄目だ」
「……うるさい」

 肩をすくめて言うと、Jは軽く笑った。
 そして、彼は傍にあった包丁を手にとった。

「僕も手伝うよ」
「すまないな。駄目シュミットのせいで」
「お前だって手が止まってたじゃないか!」
「はいはい。急がないとご飯食べる時間がなくなっちゃうよ?」

 Jのおかげで、昼飯を食いっぱぐれることはなさそうだ。

 好調に材料を切っていると、ふと、視界がおかしいことに気づいた。
 ぼやけていて、とても痛い。

 ……これは涙? 何故止まらない?

「なっ……! どうしたんだ?」

 急にぼろぼろと涙を流す私を見て、シュミットが慌てだした。
 こら。まずは包丁を置け。

「タマネギのせいだね」

 シュミットの慌てっぷりに苦笑しながらも、Jは冷静に原因を述べた。

「えっ? いや、おかしいだろ。だってこいつは自炊しているんだぞ。慣れているはずじゃないか。
 この前だって、弁当にハンバーグを入れてきていたし、その前の肉ジャガにだってタマネギが入っていたし……それから、それから……」
「へぇ。さんってよく料理するんだね。でも、慣れていてもタマネギはしみるものだよ。特に、この包丁は切れ味が悪いから。
 貸して、僕がやるよ」

 タマネギよりもJの優しさがしみる。
 私は素直にJに任せ、少し後ろへ下がって涙が治まるのを待った。

 Jは包丁とタマネギを受け取ると、難なく刻んでいった。 リズミカルな音が響く。

「ったく。結局お前も不器用じゃないか」
「うるさい。シュミットに言われたくない。それに私は不器用じゃない。包丁が悪かったんだ。
 そう! 留守を任せたMy包丁があればこんなことにはならなかったとも!」

 かっこ悪い自分を見られたせいで機嫌が悪い。キッとシュミットを睨み付けてやった。
 しかし効果はあまりないだろう。涙まみれの顔では。

「………………はぁ」

 むしろ逆効果か。哀れみの目で見られた。

「手を出せ」

 わけがわからず、言われたまま両手を差し出す。
 だがそれを見て、何かを渡そうとしたシュミットの動きが止まる。

「シュミット君。顔もだけど手も洗わせに行かせた方が良いよ」
「……仕方ない」
「わっ……ちょっと、痛い痛い痛い!」

 ぐいっと腕を掴まれた。
 もう少し加減しろよ馬鹿。痕が付いたらどうしてくれる。


 半ば無理矢理、洗い場まで連れて行かれた。

「別に、付き添うこともないだろうに」

 ばしゃばしゃと、綺麗な水で顔を洗う。

「どうせ、はっきりは見えていないんだろう。他の班の妨害でもする気か」

 どうして余計な一言を付け加えるんだろう。
 非常に不愉快だ。

 洗い終わると、シュミットがハンカチを差し出してきた。
 白いレースの付いた上品なハンカチだ。

 これで顔を拭けと?

「ないよりマシだろ。文句は言うな」

 普通に考えて、遠足に持ってくるようなハンカチじゃないよなぁ。

「……シュミット。お前な……」
「文句は言うな」

 仕方ない。顔を拭くのには非常に抵抗があるが、使わせてもらおう。

「すまないな。後日洗って……」
「もう使わないから、返してくるな」
「…………」

 それは、私が使ったからもういらないと?
 こんにゃろめ。

「ほら行くぞ。Jにばかり任せておくわけにもいくまい」

 食ってかかろうと思ったが、確かにJにばかりまかせては悪い。

 ちっ。今回は黙っておいてやる。




 持ち場に戻ると、Jお手製カレーができあがっていたというサプライズ。……本当にごめん。
 リョウが炊けたご飯を持ってきて、他の班よりやや遅れたが、昼食タイムとなった。


「そういえばJとリョウは、この班になる前からの知り合いだったんだな」

 カレーを食べながら、正面に座っているJとリョウに聞いてみた。

「お前らもな」

 答えたのはリョウだ。
 そう言われて、私とシュミットは苦虫を噛み潰したような笑みを浮かべる。
 好きで知り合ったわけじゃないからな。

 その様子を見て、Jは苦笑し、リョウはきょとんとした。

「ま、なんにしてもありがたい」
「そうだね」

 Jとリョウの意図がわからず、ハテナを浮かべて隣のシュミットを見る。すると、馬鹿にしたような呆れたような顔をして言ってきた。

「午後に行うレースは、班対抗レースだろう。ある程度走り方がわかっているレーサーと組めているのは、普通に考えれば好都合だ」

 そんなこともわからないのかと、目が言っている。

「あー成る程。だが、私とお前の場合は裏目に出そうだがな」
「全くだ」

 互いにふんっと顔を背ける。
 それを見てリョウの顔が険しくなる。

「わかっているとは思うが、レースにまで私情を持ち込むなよ」

 凄みに負けて、少しビクッとなる。
 ……わ、わかっているとも。
 なんだかリョウを見てると「アニキ」と、呼んでみたい衝動に駆られるな。
 ワイルドなオーラがそうさせるのだろうか。

「まぁまぁ。折角の遠足なんだから楽しくいこうよ。ね?」

 Jが明るく何とか場を和ませそうとする。
 この班にJがいてくれて良かったなぁと思う。癒される。




 昼食を食べ終えた頃。

『さぁて諸君! お昼ご飯はちゃんとすませたかな? これより、本日のメインイベント、ドキドキわくわく野外レースを始めるぞ!』

 担任、もといファイターの声が響いた。
 キーンと、メガホン特有の音が耳に痛い。
 そんなことはお構いなしにファイターは続ける。

『ルールは簡単。先にメンバー全員がゴールした班の勝ちだ! それじゃ、みんな頑張ってくれ!』

「だ、そうだ。足を引っ張るなよ。いくら私が速くともお前がビリでは意味がない」

 隣にいたシュミットとからの宣戦布告。
 ならばと、私も言い返す

「それだけ大口叩いて、お前がビリだったら笑えないよな」

 本日二度目の火花が散る。

「お前ら。チーム戦だと言うことを忘れるなよ」

 リョウが一言忠告してきたが、おそらく何の意味もない。
 レースが始まれば、やはりシュミットは敵だ。

 こうして、野外レースが始まった。





 のだが……。

「……やってしまった」

 まさか、コースアウトしたマシンを追って、自分もコースアウトとか。
 急な斜面を滑り落ちて、足を少し捻ったらしい。
 立とうとすると、足首が痛い。

「あいつなら、鼻で笑うんだろうな」

 嫌みばかり言ってくるあいつの顔が、リアルに浮かぶ。

 …………人の頭の中にまで出てくるな。

 不愉快なものを頭から追い払うと、私は圏外表示の携帯を握りしめて、誰か助けに来てくれるだろうかと考えた。

 誰か?
 一体、誰が?

 随分、コースから外れてしまったらしい。他の生徒の声は全然聞こえてこない。
 空を見上げれば、黒い雲が覆っている。

「助けなんて、待ってられないな」

 誰かを待つよりも、自分で動こう。
 とにかく、片足ケンケンでも少しずつ移動しよう。
 両足が駄目になったら、ホフク前進でもすればいい。

 滑り落ちてきた地肌の斜面に手をやり、ゆっくりと立ち上がる。ゆっくりでも、やはり痛い。

「これでは、いつになったら帰れるのかわからないな」

 一歩、片足で進む。
 正直、足だけじゃなく全身が痛いので、つらい。
 案の定、数メートル進んだだけで力尽きた。運動不足だろうか。

「……先は遠いな」

 辺りはシンとしていて、私は独りぼっち。おまけに怪我をしていて満足に動けないときている。
 柄にもなく寂しさが込み上げてくる。

 視界がじんわりと滲む。
 誰も見ていないのだから、いっそ泣いてしまおうか。

 そう思った時、頭上から土を削る音がすごい勢いで近付いてきた。
 砂煙が舞い散ると同時に、一つの影が私の前に現れる。

「無事か?」


 全身打撲で降りてきた私と違い、無傷で着地を決めているリョウの姿がそこにあった。

「リョウ!」

 とりあえず、目をこすって涙はなかったことにした。

「……どうして?」

 私がここにいるとわかったのだろう?

「斜面に土を剔った真新しい跡があったからな。誰かが落ちたのだろう事はわかっていた。まさかだとは思わなかったが」

 リョウは砂を払うと傍に来て、そっと私の頭に手を置いた。

「心配するな。もう大丈夫だ」

 やはり、先程の涙は見られていたのだろうな。
 同い年なのに、がっしりとしたリョウの手が、妙に私を安心させてくれる。再び熱いものが込み上げてきた。

「もう大丈夫だ」


 俯き震える私の頭を、彼は黙って撫でてくれた。
 私が落ち着くまで、ずっと。





 涙が治まると私はポケットからハンカチを取り出し、目元を拭った。
 シュミットのものだったが、返さなくて良いとのことなので、遠慮なく鼻までかんだ。これでもう本当に返せない。

「落ち着いたか?」
「あー。うん。そのー……」
「なんだ?」
「今見た私の醜態は、なかったことにしておいてくれ」

 柄じゃないって、わかっているんだ。だから恥ずかしいことこの上ない。

「過去を掘り返すようなことはしない」
「ありがとう」

 良いヤツだなリョウは。男の中の漢って感じで。

「それよりも、歩けるか?」
「片足で数メートルずつなら」
「それは歩けるとは言わない」

 そう言うと、リョウは私に背中を向ける。
 ……これは、もしや……

「乗れ。日が暮れるまでに集合場所に戻るぞ」

 やはり……。

「いや待て待て。リョウは場所がわかっているのか?」
「こんな小さな山でどう迷うんだ? 方向と大体の距離はわかっている。早く乗れ」

 おぉ。なんとすごい。
 ……って、そうじゃない。

「私は、その……重いだろうし」
「何キロだ?」

 それを普通に聞くのか!
 と、つっこみたい気持ちでいっぱいだが、本人は至って真剣で、言えずに終わる。

「多少Jより重くても平気だ」
「……それは失礼だぞ」
「とにかく大丈夫だから乗れ。急がないと雨が降る」

 Jより重くても大丈夫と言ったので、遠慮なく背中に乗ることにした。
 それでも、つい聞いてしまう。

「……重いだろう」
「人間一人が軽いわけがないだろう」
「おっしゃるとおりで」

 特に会話することなく、リョウは足を進める。
 ずっと続く沈黙。
 不思議と、息苦しくなかった。



 暫くして、集合場所が見えてきた。

「リョウに大きな借りができたな。いつか返すよ」
「別に、気にするな」

 リョウに改めて礼を言っていると、シュミットの怒鳴り声が聞こえてきた。
 振り向けば、怒りのオーラ全開で、ずんずんとこちらに近づいてきていた。

「遅い! 一体何をしていたんだ!」

 言うと思った。
 認めたくないが彼の実力からして、かなり上位でゴールしていたのだろう。
 お前こそ足を引っ張るなと言っていた手前、何も言い返せなくて、悔しい。
 するとリョウが私を庇ってか、シュミットを睨み付けて言った。

「お前が言いたいのはそれだけか」

 ピリピリとした空気が走る。
 息苦しい。窒息しそうだ。

「……何が言いたい」
「怪我した仲間を前に、お前が言いたいのはそれだけかと聞いている」

 睨み合う二人。
 普段の私とシュミットの睨み合いなんかとは、レベルが違う。

「リョウ。もういい。今回は私に非があったんだ。
 シュミット。待たせてすまなかった」

 険悪な雰囲気に耐えかねて、二人をなだめる。
 それに、只でさえ迷惑をかけているリョウを、これ以上巻き込むわけにはいかなかった。

 シュミットが何か言おうと口を開きかけたその時、Jが駆けつけてきた。

さん大丈夫?」

 場の空気が少し和らぐ。
 Jのスキルはすごいな。

「後は僕に任せて、リョウ君は少し休んできなよ」

 リョウから私を降ろすと、Jは軽々と私を横抱きにした。

 ……って!

「……J。爽やかな笑顔に似合わず、以外と力持ちだな」
「そう? 僕、結構鍛えてると思うけど?」
「あー。うん。そうだな」

 ふとJの肩越しに、リョウがシュミットに何か言って立ち去るのが見えた。
 シュミットの表情から、あまり愉快なことではないことなのはわかった。

 何を言ったんだ?

 その後、シュミットは私を一瞥しただけで、何も言わず立ち去っていった。

 ……そこまで怒らなくても良いだろう。


 普段、喧嘩してばかりだが、本気で怒られるとつらいんだ。

 ぽつり、と頬に雫があたる。
 静かに雨が降り出した。





 ……長かった。分けたらいものを、分けずにいったよ。
 不器用なシュミットが書きたかったんだ。漢なりょうが書きたかったんだ。



 以下、NG+ボツの舞台裏(反転)


その1

 今日は遠足という名の野外レースの日だ。
 場所は小さな山の中で、コースは勿論オフロード。
 大自然に囲まれながら食べるご飯、身も心もリフレッシュ。

 ……するはずだったんだ。
 あいつと同じ班にさえならなければ。

「なんでクラスが違うお前と、同じ班になるんだ」

 作者の陰謀だから仕方ない



その2

 私は圏外表示の携帯を握りしめて、誰か助けに来てくれるだろうかと考えた。

 誰か?
 一体、誰が?

 そう思った時、頭上から土を削る音がすごい勢いで近付いてきた。
 砂煙が舞い散ると同時に、一つの影が私の前に現れる。

「……無事か?」

 全身打撲で降りてきた私と違い、全身血だらけで落ちているシュミットの姿がそこにあった。
 ぴくりとも動かないシュミットを前に、本当にどうしようかと思った。

 ……シュミット駄目駄目すぎるぞ。



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