ミニ四駆学園
お入んなさい
朝はあんなに晴れてたのに。と、私は黒く染まった空を睨みあげた。
ザァザァと降る雨は、止む気配をちらりとも見せず、だんだん酷くなっていく。
授業は大分前に終わっている。だが、靴を履き替えたものの、傘がないので私は未だ校舎から出られずにいた。
ふと、見知った顔が下駄箱の前にいるのに気がついた。短い黒髪が靴を履き替える時に、さらっと揺れる。
……シュミットだ。
普段は喧嘩しかしない憎たらしいヤツだけど、離れて見る分には、なかなか格好良い。口を開けば、全て台無しになるわけだが……。
こちらを向いたヤツと視線がぶつかる。
お互いしばし沈黙する。「あー、やっちゃったー……やなヤツと顔合せちゃったよ」と、おそらく同じような事を思いながら、ヤツはばつが悪そうな顔で私を見る。
やがて、視線があって無視するのは感じが悪い、仕方ない、と思ったのか、こちらに近付き、話しかけてきた。
かなり、ぶっきらぼうに。
「……誰かと、待ち合わせでもしてるのか?」
社交辞令で声をかけてやってるんだぞ、と全身で言ってる。
だから、コイツとは喧嘩ばかりなんだ。と、いつもなら、喧嘩を買う体制に入るのだか、あいにく今日はこの天気のせいで、だるくて仕方ない。さっさと追っ払う事にした。
「あーはいはい、そんなもんだからさっさと帰れ」
シッシッと猫を追い払うような動作をする。
「お前な。人が声をかけてやったのに、その対応はないだろう!……だから、お前とは喧嘩ばかりなんだ」
怒ったかと思うと、急に疲れたように溜め息を吐く。
お前がそれを言うのか。と、口元をひくつかせながらヤツを睨んだ。
シュミットは面倒くさそうなものを見るような目で、私を上から下まで見ると、馬鹿にするような呆れ顔になった。
「……なんだ?人をジロジロ見て。失礼だぞ」
「お前、傘を忘れたんだろ?」
まぁ、見ようによってはわかる事なので驚かない。だが、ヤツに言い当てられたのは気に入らない。
「うるさい。どうせそのうちマシになる。さっさと帰れ」
再び追っ払いにかかる。
只でさえ天気が悪くて機嫌が悪いのに、こんなヤツと一緒だなんて耐えられるか。
ヤツは私の対応で怒りを顔に浮かべているが、帰るそぶりも見せず、腕組みをして、何か考え込んでしまった。
やがて、何か意を決したらしく、鞄をごそごそとあさり出した。
「……仕方ないから、」
と言いかけたシュミットの言葉を、別の声が遮った。
「hey!!」
背をぽんっと叩かれて振り向けば、金髪に黒いサングラス。ニッと口元に笑みを浮かべたブレッドが立っていた。
「お前達まだ帰ってなかったのか?」
シュミットと二人きりでイライラしていたところだ。親友の登場に幾らか機嫌がマシになる。
「傘を忘れてな。少し待ってたところだ」
「おいおい。二人とも天気予報を見なかったのか?」
ブレッドが飽きれた風に言うと、シュミットはすぐさま否定した。
「冗談じゃない。どこぞのマヌケと一緒にしないでもらいたい」
その一言で、私とヤツの間に火花が散る。
ブレッドは慣れたもので、その様子を楽しげに見ていた。
「おっと。暫く観戦したいところだが、あいにくもう遅い時間だ。シュミットは傘があるんだな?」
「あぁ」
ぶすっとした顔で答えた。
全く。これだから彼は色々台無しなんだ。ま、私の知ったことじゃないがな。
「じゃは、俺と愛々傘だな」
ブレッドは自分の傘を広げると、私に入るように目で合図する。
「サンキュ。ブレッド」
流石にこれ以上帰りが遅くなるのはマズイ。せっかくの好意だ。有難く受け取ろう。
「じゃあなシュミット!お前も早く帰れよー!」
シュミットに手を振ると、彼は眉を吊り上げて……、
「お前のせいで時間くったんだろ!」
とか叫んでいたけど、無視だ無視。
私は触れるほど近くにいるブレッドを見上げた。
「本当に助かった」
「困った時はお互い様だろ?」
そう言ってくれる親友は、やはりどこぞの馬鹿とは違って、良識がある。
「結構、傘、大きいな」
それでも多少濡れるが、二人で入ってこれならまだマシなほうだろう。
「ま、折畳みじゃないからな」
そこで彼は何故か笑った。
「尤も、狭い折畳み傘の下でブツブツ言っている姿をも、なかなか心楽しませてくれるかもしれないが、」
そっと肩に手が置かれ、引き寄せられる。
「風邪をひくといけないからな」
「別に、入れてもらっといて文句言うほど、私は図々しくないぞ」
ブレッドは何も言わず、口元に笑みを浮かべたまま私を見つめる。
「……ブレッド。私は読心術とかできないからな」
「それは残念だな」
ブレッドは愛々傘とか、さりげにジョーク言ってて良いと思う。
エッジならすぐのりそう。
彼はクールだからスルーされても気にしなさそう。
……シュミットは、だめっ子で良いと思うんだ。