猪突猛進シリーズ
恋は突然
私がその人を初めて見たのは、ある雨の日のレース。
ハートの傘をさしながら、ビクトリーズのリョウに投げキッスをしていた。
「ちゃおv」
その姿はとても綺麗で、でも、マシンを扱っているときは格好良くて……。
「……素敵な人」
私は一目で、恋に落ちた。
ある休みの日。
私はアストロレンジャーズのジョーと一緒に、ケーキを食べにやってきた。
女の子同士、色んな話で盛り上がる。
そんな時に、「WGPのレーサーって格好いい人が多いよね」なんて話になったから、ついぽろっと一言零してしまった。
「……ジュリオさんって、素敵だよね」
「ぶっ!!」
それに対して、ジョーは口にしていた紅茶を吹き出してしまった。
……なんて失礼な。
「……ちょっと、ジョー」
「ごほっ……ごほっ……ごめん。けど、いきなりだったし…………それってジョーク?」
むぅ……。重ね重ね失礼な。
「だってジュリオさん綺麗じゃない!」
「……まぁ、綺麗なのは……認めるけど」
「それに、格好いいじゃない!」
「…………」
どうしてそこで沈黙するのよ。
「見る目がないのね。いい?格好いい男っていうのはね。もっとクールでワイルドで、いざって時に頼りになる男の人を言うのよ!」
「つまり、鷹羽リョウさんね」
「キャー!ちょっと!何言ってるのよ!私は別に!!」
赤くなってあたふたとするジョー。可愛いんだけど。
声大きいよジョー。周りのお客さん店員さんみんな見てるから。
「あー。はいはい落ち着いて」
「んもう!でも、彼は格好いいでしょ?」
んーどうだろう。
確かに彼は男というより漢って感じ。
頼りにもなるし、ジョーが惚れるのもわかる。
「わかるけど、……ときめいちゃったんだよね、ジュリオさんに」
「……不思議ね」
ジョーは奇妙なものを見るような目で私を見た。
「……そんな目で見ないでよジョー」
「ごめん。ごめん」
「私でも不思議なんだよね。どうしてかな」
普通にWGPで格好いい人は誰って聞かれたら、シュミットとかエーリッヒとか、そんな話になるのに、どうして私はジュリオさんに恋しちゃったんだろう。
「本気なんだ」
「うん」
「ま、恋をするのはある日突然ってね。頑張って応援するから」
「じゃ。私もジョーを応援する」
ジョーの応援もあり、私はジュリオさんに差し入れを持って行くことにした。
ロッソストラーダの控え室。
私はドアの前で、固まっていた。
ジュリオさんには会いたい。
けど、まだ心の準備ができてない。
そう。このドアをノックするには並大抵の心構えでは不可能だ。
何せ、あのロッソストラーダの控え室だ。
二度言うが、あのロッソストラーダの控え室だ。
怖そうなメンツが勢揃いでお待ちかねのこのドア、どうして気軽にノックできよう。
「ど、……どうしよう」
たかが板っきれのドアなのに、すごい威圧と殺気を感じるぞ。
な、生意気な。
すぅー……はぁー……。
幾度目かの深呼吸。
いつまで経っても進めない。
もたもたした私にしびれを切らしたのか、ドアが自ら開いた。
「えっ……」
「……なんだテメェ」
い、
いきなりラスボスのご登場だ!
あははは!
…………。
………………どうしよう。
「テメェ。ビクトリーズのとこのサポーターじゃねぇか。スパイのつもりか」
ラスボスことロッソストラーダのリーダーのカルロは、ギロリと効果音付きで睨み付けてくる。
「答えろよ」
もはや。蛇に睨まれた蛙である。
……動けません。
「どうしたんだカルロ。……っと可愛らしいお嬢さん。どうしたんだい?って、駄目じゃないかカルロ。怯えてるじゃないか」
何の助けか。騒ぎを聞きつけ、部屋の奥からひょっこりとリオーネさん。
「やぁ。ごめんね。カルロは顔つきも言葉遣いも性格も悪くてね」
「テメェは黙ってろ」
そんなカルロを気にもとめずに、リオーネは髪をかき上げポーズを決めると、そっと私の手を取って顔を近づけ見つめてくる。
いきなり、近づかれて、私の頭はパニックを起こし、あわわと動けないでいると、リオーネの視線が私の手元へと向いた。
「おや?」
私のもう片方の手も取ろうとして、その手に白い箱があることに気がついたらしい。
ジュリオさんの為に作ってきたチェリーパイ。甘酸っぱい香りが零れてる。
「僕のために、差し入れかい?」
…………はい?
「あ、あのっ!」
「違う」と言おうとした口を、すっと人差し指で止められてしまう。
「照れてる顔も可愛いね。ありがとう子猫ちゃん」
いつの間にか腰に手を回していて、引き寄せられる。
いや。だから違うんだって!
「……くだらねぇ」
あきれ顔で室内に帰っていくカルロとは入れ違いに、ドアからまた一人ひょっこりと顔を出してきた。
その人の顔を見て私は大きく目を開く。
「なぁに?また女の子引っかけてるの?場所考えなさいって言ってるじゃない。余所でやってよね」
「はぁ……邪魔しないでくれる?でも、二人っきりになれる場所に行くのも悪くな……」
「ジュリオさん!!」
ひっついていたリオーネを押しのけて、私はジュリオさんの前へと飛び出る。
ついでに、半開きだったドアを全開に開ける。
さっきまでの、うじうじはどこへやら、もう私は止められない。
やるしかない!!
「ちょっ……。子猫ちゃん?」
「これ、ジュリオさんへ差し入れです!!」
90度お辞儀して、ずいっと手持ちの箱を前へ。
「………………」
「………………」
一瞬。変な空気が流れた。
ジュリオさんもリオーネも、途中退場していたカルロも、さらには室内にいる他のメンバーからも。
90度のお辞儀の状態で、この間は痛い。
顔をあげれないし、体制的にきつい。
「………………………………ありがとう」
長い沈黙の後、とりあえずといった感じにジュリオさんは受け取ってくれた。
やっと、顔をあげると、奇妙なものを見るような目をして固まっているロッソストラーダのメンツが。
……これは痛い。
尖った針金がぐさぐさと心臓を貫通していく。
だけど、ここで負けるわけにはいかない。
もう、いくしかない!
「あの!私、ジュリオさんが好きです!」
発進次期を誤っただろうか。
「………………………」
「………………………」
「………………………」
変な空気、再び。
しかも、二度目はさらに重く長い。
「あ、……あの?」
何の反応もなしに、フリーズされるのが一番困る。
「……あー。そういやカルロ。次のレースはリレー方式だろ?順番はどうするんだ?」
「……そうだな。一番手はゾーラ、次にお前、ジュリオ、ルキノ、俺の順番だ」
ようやく動いたと思ったら、何事もなかったようにスルーされている。
心なしかジュリオさんも部屋に戻りたそうだ。
「あの!ジュリオさん……!」
「あー、もう。……私が綺麗で魅力的なのは認めるけどね」
その台詞にメンバーが眉を寄せた。
「私は、あんたみたいな女には興味ないのよね」
ざっくり。
針金の次は包丁がきました。
痛いです。出血多量です。
「あんたもそうだけど、女はブスだから嫌いなのよね」
うぅ……。まぁ、ジュリオさんは女より男の方が好きな人だってわかってたけど……。
「ま、このお菓子は美味しそうだからもらっておくけど、あんたの気持ちには応えられないわ。じゃあね。ちゃお」
投げキッスを一つして、ジュリオさんは部屋へと戻ってドアを閉めてしまった。
確かに、ショックだったけど、ほとんど初対面だし、こうなるってわかってたし……うん。
それよりも、前向きに考えよう。
手作りのチェリーパイ受け取ってもらったじゃない。
ふられたけど、投げキッスしてもらえたじゃない。
「まだまだ。これからよね!」
最初から上手くいくわけない。
頑張るのはこれからだよね。
その後、ロッソストラーダの控え室。
「にしても、驚いたな。まさかジュリオに告白してくるヤツがいるなんてな」
ゾーラの目の前のお皿は空。
の差し入れのチェリーパイは、チームメンバー全員で完食していた。
「うるさいわね。私の美貌を持ってすれば仕方のないことよ。でも私は女には興味ないからね。残念でしたってとこね」
「………………」
カルロはその話題には一切触れたくないというように、黙々とナイフを研いでいた。
「いや〜。にしても、ないよな」
ルキノの一言に、ジュリオ以外が頷く。
「ちょっと失礼じゃない!」
「ほんと、可愛いのに見る目ないね」
「リオーネまで!」
どうやら、主人公に片思いではなく、主人公が片思いに燃えるらしいです。