*不器用に恋をしましょう10題*
誤解しないほうが無理でしょう。
移動教室から戻ると、自分の机の上に、何かがぽつんと置かれてる。に貸した参考書だ。どうやら返しに来たらしい。
「どうやら行き違ってしまったようですね」
隣のエーリッヒがくすりと笑う。
「それにしても、よく持っていましたね。今日はその参考書は必要ないでしょうに」
「……たまたま、だ」
間違えて持って来てしまっただけ、それだけだ。
だから、たまたま持っていた自分に少し苛立つ。持ってさえいなければ、あんなにしつこく頼まれることもなかったのに。
しかも、相手はあのだ。
会えば喧嘩するしかないようなやつだ。
ブレットやエーリッヒのように親しい仲なら、快く貸しただろう。それがあいつというだけで、渋ってしまうのだから、私たちの仲は知れている。
そんな間柄の私たちだから、が土下座する勢いで私に頭を下げて来た時は、正直驚いた。
まさか、あいつが私に頭を下げるなんて思わなかったから。
驚いたと同時に、慌てた。どうしようもないくらいに。
だから、半ば投げるように参考書を渡した。ずっと下げっぱなしのあいつの頭に、ぼすっと。
また何か言ってくるのだろうと思った。
例えば「もっと丁寧に渡せないのか」とか「人がせっかく頭を下げているのに」とか。
でも、参考書を受け取り、顔を上げたあいつは満面の笑みを浮かべ、礼を言って去っていった。猛ダッシュで。
どうやら、よほど急いでいたらしい。
また喧嘩にでもなると思ったが、どうやら取り越し苦労だった。
意外と素直なところもあるじゃないかと思った。
「シュミット。携帯が鳴っていますよ」
「あぁ、すまない」
鞄から携帯を取り出す。メールが一件来ていた。
差出人は。
『返しに行ったんだが、いなかったので机に置いておいた。今日は本当に助かったよ。サンキュv』
一見して普通の内容だ。だが、一番最後、サンキュの後に……ハ、ハート!?
いわゆる、絵文字とかいうもので、ピンクのハートが付けられていた。
「さんからですか?」
「あ、あぁ」
「シュミット?」
落ち着け。あのが私にピンクのハートを送るなんて……ない、だろ。ドクロはあってもハートは、ない。……しかも、ピンク。
「エーリッヒ」
「はい。どうかしましたか?」
「いや、…………なんでもない」
ピンクのハートを相手に送る意図を、聞こうと思ったが、おそらくエーリッヒに聞いても無駄だろう。
ブレットは、駄目だ。わかっていそうだが、からかわれるだろう。
あぁ、どうしろというんだ。
「どこに行くんですシュミット?」
「いや、ちょっと……。悪いが一人にしてくれ」
頭を冷やしてこようと、廊下に出る。廊下の窓を開けて、風に当たった。
少しは落ち着けたかもしれないが、肝心の問題は解決していない。
重い溜息が一つ、窓の外へと消えた。
「hey! 恋の悩みかい?」
「うわっ!」
いきなり背中を叩かれた。振り返ればエッジが笑って立っている。フレンドリーなのは良いが、私にはどうも慣れない。
「おいおい。そんな顔しなさんなって。悩みがあるならこの俺が相談にのってやるよ」
「結構だ」
相手にする気がないので、視線を窓の外へと戻す。
「まぁまぁ。そんなこと言わないでよ。俺ってば結構頼りになるんだぜ」
馴れ馴れしいことに、エッジは私の肩に手を回してくる。
振り払ってやろうとした時、着信音が鳴った。私のでない。
「おっと、ごめんね」
そう言ってエッジは携帯を取り出す。どうやらメールらしい。何気にそっと覗き込むと、記憶に新しいあのマークが目に飛び込んで来た。
「あれ。気になるの?」
「いや、別に」
と言ってみるも、やはり気になる。
「そんな遠慮しないで見てよ。これ、この前知り合った子からなんだけど、どうやら俺に気があるみたいでさ。ほら、ピンクのハートなんて付けちゃって可愛いよね」
今さらりと、とんでもない事実を口にしなかったか?
ピンクのハートは……その、気があると。
「ふっ……まさか。ハートなんて、嫌がらせか悪ふざけじゃないのか?」
「あのなぁ。嫌いなやつにピンクのハートなんて送らないだろ? 悪ふざけは、まぁ野郎からならなくもないけど、女の子から送られてくるやつだぜ?」
ないないと言ってエッジは笑う。
だが、こっちは笑い事じゃない。
つまり、ピンクのハートは女性からのさり気ないアピールということになる。あいつも、一応は女性だ。
そういえば、メールの返信をしていない。
だが、メールの真意を知ってしまった以上、どう返せというんだ。
加えて、この先どんな態度であいつに接すれば良いのかわからない。喧嘩しかしたことがない相手だぞ。
「あ、シュミットとエッジじゃないか」
今まさに、頭の大部分を占領している人物が、いきなり私の目の前に現れた。平然となんかしていられない。
「あ、ちゃん。なになに、俺に会いに来たの?」
「阿呆。職員室に行くところだ。二人が一緒というのは珍しいな」
「それがさー聞いてよ。シュミットが」
「ところで、それ重くないのか?」
嫌な予感やしたので、とりあえずエッジの話を無理矢理遮る。
「あ、これか?」
は手にしていたカゴに目をやる。おそらく計測器か何かだろう。
「それほど重くはないさ」
「……手伝ってやる」
何を思って、その言葉が私の口から出たのかはわからない。だが、気がつけばの手からカゴを奪っていた。
「なっ……! おい、シュミット」
「お前はこれでも持ってろ」
カゴの中にある箱を一つ取ってに渡してやる。戸惑っていたが、有無を言わさず押しつけ、私は職員室に向かって歩き出した。
「……どういう風の吹き回しだ?」
やや遅れてが後から付いて来た。
だから、どうしてそう失礼な言い方しかできないんだ。あの時は素直だったのに。
「別に、気が向いただけだ」
「…………お前がか?」
あのメールは何かの間違いじゃないだろうかと、思った。
だが、今まで喧嘩しかしてなかった私たちだ。滅多にしない私の行動に、が怪訝な顔をするのも仕方ないかもしれない。
私に嫌われているかもしれないと、は思っているかもしれないな。
そういう言動しかとってこなかったからな。
「私は、お前のこと……嫌いじゃないぞ」
直接顔を見て言うなんてできない。正面を向いたまま、隣にいるにそう言った。
隣から聞こえていた足音が止まる。
振り返れば、が顔を朱色にして立ち止まっていた。
後日。
ブレットが、エッジからピンクのハート入りメールをもらっているのを見て驚いた。
あいさつのようなものだと、ブレットに笑われて、私の勘違いだったということに気がついた。
「エーリッヒ。お前は知ってるか?」
「あぁ、ブレットから聞きましたよ。知らなかったんですねシュミット」
エーリッヒからは、実に微笑ましいと言わんばかりの目で見られた。
「……別に、本気にしてなどいない」
とある記事にて『女性から送られてくるメールのハートに、男性が誤解をしてしまうという』というものがあったので、それをネタにしてみました。結構、勘違いする人は多いらしくって、女性と男性の感覚には、やはり違いがあるのですねーと思いました。
エーリッヒは意外と女子からメールとかもらって律儀に返していそうなんで、今更勘違いとかしなさそう。
シュミットは興味本位で聞いてくる女子にメルアドは教えなさそうなので、ハートとかモロ勘違いしそうです。