夢・小説書きさんに100のお題

003 「馬鹿だね」って言って /ナツキ


二人乗り専用の観覧車の前に、一人の男性がいる。
短い青髪がとても綺麗で、利発そうな顔立ちをしている。正直……格好いい。

一目惚れとまではいかないけど、うっとりとしてしまう。目の保養だと暫く眺める。

場所が場所だから彼女さんとデートかな。

なんて見ていたら、目が合った。

そういうと、少女漫画であるような、花が散る煌めく出会いのシーンのように感じるが、残念ながら違う。

そう、例えるなら腹を空かせた肉食動物と草食動物が、うっかり草原で出会ってしまった……そんな出会いだ。


つかつかと私に歩み寄ってくる。徐々に体が重くなるような気がするのは、気のせいだろうか?

私のすぐ前まで来て足を止めた彼は、前髪を優雅に掻きあげて見せた。


「なるほど、貴女もポケモントレーナーのようだな。ならばバトルをしよう。当然、勝つのは私だが、万が一にも貴女が勝てば、良いものを差し上げよう」


ふふん、と得意げに話す彼に、私は呆然とする。

私の返事を待たず、彼はボールからポケモンを放ってバトルの体勢をとる。


「私はエリートトレーナーのナツキ!さぁ!勝負だ!」


私は反射的にボールを手に取った。ポケモントレーナーの悲しい性かな。


「私は!その勝負受けて立つ!」


勢いで始めたバトルでも、負ける気はしない。



かくして戦いのゴングが鳴った。




***



結果は……惨敗。


どうやら、このエリートトレーナーのナツキさんの実力は、口だけではないようで。

私はコテンパンに負かされた。



「ふっ。悲しむことはない。貴女が弱いのではなく、私が強すぎるだけの事なのだから」


悔しくて悔しくて、でも何も言い返せなくて。


私は一睨みして、走り去った。



***



あれ以来、あの調子に乗った口を黙らせたくて、私は何度も彼に勝負を挑んだ。

けれど、何回やっても彼を黙らせる事なんてできなかった。


今日こそはと、急ぎ足で観覧車前に向う。



どん!


側を通る通行人と肩がぶつかり、私は勢い余ってこけてしまった。

その拍子にモンスターボールが散らばる。


「あいたた……」


膝を少し擦りむいた。


「あら、ごめんなさいね。怪我はないかしら?」


見上げれば、金髪のお姉さんが私を心配そうに見ていた。

差し出された手を取り立ち上がる。


「随分とお急ぎのようね。でも気をつけなきゃ危ないわよ」


お姉さんは散らばったモンスターボールを拾ってくれた。


「……ありがとうございます」


幸先の悪い事この上ない。お姉さんは「じゃあね」と言って町の出口へと去っていった。



***



「今日こそは貴方を倒してみせるからね!」


相変わらず、観覧車の前にいるエリートトレーナーのナツキさんに、そう言い放つ。

彼は私の姿を認めると、小馬鹿にしたように小さく笑う。


「なんだ、また貴女か。私は別に構わないが、私が勝つたびに、機嫌を損ねないでくれないか?」


この人は人を怒らせる天才なんじゃなかろうかと思う。

怒りに任して、モンスターボールにてをかけた。


「さぁ!アイツを負かしてやんなさい!」


宙を舞うモンスターボールは、そのまま何の変化もなく地に落ちた。


「え?」


「…………何の、真似だ?」


彼がそう問うのも当然で、私自身、理解が遅れた。

……何故、ポケモンが出てこない。

頭の中が真っ白になった。



立ち尽くしている私を余所に、エリートトレーナーのナツキさんは、落ちたモンスターボールを手に取り、向きを変えては凝視していた。
美しい眉が歪む。


「これは……どうやらニセモノのモンスターボールのようだな」


「ニセ……モノ?」


はっと先程の出来事が思い出される。


『随分とお急ぎのようね。でも気をつけなきゃ危ないわよ』


優しげな笑みと共に去っていったお姉さん。

……すり替え、られた?


「…………っ!」


身を翻すと、私は弾けるように駆けだした。


「おい!待て!」


背の方から彼の声がする。
今は構ってなんかいられない。


私の馬鹿馬鹿馬鹿っ!


あいつをぶっ倒すことばかり考えてて、大切な仲間がすり替えられたことに気がつかなかったなんてっ!




***


あたりはもう仄暗い。
町から随分と離れてしまった。

草むらからは野生のポケモンが飛び出してくる。
手持ちの虫除けスプレーはもう使い果たしてしまった。

私は必死に走りながら、それらから逃げ、彼女を捜す。


こわい。

けど、引き返すなんてできない。


頬を伝うのが汗なのか涙なのか、もうわからない。
ただ、ひたすらに願うのは彼らの無事と再会。


近くの茂みが大きく音を立てて揺れた。

体がこわばる。もう体力は限界だった。


大きな黒い影が飛び出してきた。


「……ごめんね」


それだけ呟いて、私はその場に膝をついた。


「全く。手持ちのポケモンなしで草むらをうろつくなんて、貴女は正気の沙汰ではない」



聞き慣れた声に顔を上げる。

いつも、さらさらと綺麗な青髪はぼさぼさとしていて、草木のカケラがひっついている。
眉間に皺を寄せて、彼、エリートトレーナーのナツキさんだった。

私の目の前まで来ると、一つの袋を差し出してきた。

訳がわからないが、反射的に受け取ると、中に何やら入っているようで、袋を空けて中を覗く。


「……これって私の……」

「貴女だけではなかったんだ。他にもポケモンを取られた人たちがいて、その人達を頼りに捜したら……」


得意そうにいう彼の言葉は全く耳に入ってこなかった。ただ、目の前にあるモンスターボールが幻ではないかと思ってしまうくらいに、驚きが隠せない。


「どうして、私のモンスターボールってわかったの?」


話を全く聞いていない私に彼は眉をひそめたが、やや照れ気味にこう答えた。


「……シールを貼っていただろう」


そう、確かに貼っていた。けれどとても小さく目立たないものをだ。


「……よく、覚えてたね」

「ふっ。エリートトレーナーたるものこれくらいは当然だ」



前髪を優雅にかきあげる。
髪にひっついていた葉っぱが、ひらりと落ちた。


とたん、視界が滲む。


「お、おい!……どうしたんだ?」


ぼんやりと見えた彼は、ひどく狼狽していた。


「え?」

「なぜ泣く?何処か痛むのか?」


確かに、擦り傷はあるけど、泣くほどの事じゃないし、今まで忘れていた。

けれど、彼はそれが原因だと思ったらしく、鞄から救急セットを取り出して手当にかかる。

ひたすら、傷口を見ていて、目を合わさないようにしているようだ。


「馬鹿……だね」

「……?」

「馬鹿だねって言ってよ!」


あぁ本当に馬鹿だ。
こんなにも良くしてくれた彼に当たるなんて。


俯いたまま、もう顔を上げられない。
しゃくりあげて、ただ泣いた。

彼が困惑しているのが、空気でわかる。


本当に、情けない。



「えええと、率直に言うが……」


しどろもどろになって、ナツキさんは言葉を紡ぐ。

本当に申し訳ないなと思う。
そう思うと、また涙があふれ出てくる。


「私には泣きやます方法がわからない。だから泣かないで欲しい」

「…………」


あふれ出てきた涙が引っ込んだ。

別に慰めて欲しいわけではないけど、この言い様はないだろうと思う。

思わず、顔を上げると、心底安心した彼の顔が合った。……そう目と鼻の先に。


「…………っ!」


とたん、火がついたように身体中が熱くなる。

反射的に体を後ろに反らそうとすると、不意に止められる。そう、彼の腕で。


「どうかしたか?危うくひっくり返るところだったぞ」


あぁ、そうか、私はこの人のことが……


「用もないのに、夜、野生のポケモンがうろつく場所に長居するのは、賢い判断とは言えない」


そう言って、彼は『あなぬけのひも』をとりだし、私の手を取った。

確かに伝わる熱は、自分以外の者が私に触れているという証。


「どうやら、貴女はすでに長居しすぎたようだ。熱がある」


気を遣ってくれているんだろうけど、どうしてこうも鈍感なんだろう。




次の日も、その次の日も……これからずっと、私は貴女に会いに行く。





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ナツキ君大好きです。
ヘタレな部分が出なかったら、彼は普通に格好いい人だと思います。
書きたさに、やや長い短編に……。とりあえず書ききったぞー。