呪われてゴルバット

動かない身体



身体中に力が入らない。

私は、ただただ重くてだるい身体を、ベッドに沈ませる。
うっすらと目を開けたその先には、真っ赤な瞳が私を見下ろしている。
ベッドが軋む。身を乗り出した彼に、私はつい眉をよせた。

「………………どう?」

それっぽっちの言葉は、果たして意思疎通となりうるのだろうか。
おそらく、私の体調を気遣ってくれているのだろう。毎度の事ながら、彼は言葉が足りない。

私は今、すこぶる体調が悪い。理由は不明。いつもどうり、半ば無理矢理、彼のベッドで寝させられ、朝目を覚ますと、身体が動かなくなっていた。

ボールの中には戻れない。
主がそれを許さない。

ボールの中にいても、回復しないのだと、我が主は言う。

階段を上ってくる足音。

ノックと同時にドアが開く。

「調子は……相変わらずみたいだな」

茶髪の彼、レッドの幼馴染みことグリーンは、つかつかとベッドに歩み寄る。

白衣に眼鏡装備、加えて体温計、血圧計、聴診器等が一式入ったケースを携えている。
……診察する気満々ではないか。彼は研究者であって、医者ではないだろうに。


「以前測った時に比べて、体温も血圧も低いな」

一通り測定し終えたグリーンさんは、そう言った。

「……前から思ってたんだけどよ。…………食事があわないんじゃねぇか?」


緑色の瞳が私の黒い翼を捕らえている。


それは、つまり……

「ポケモンらしく、ポケモンフードを食せ。と?」


乾いた笑いを浮かべる私に、グリーンさんは困った顔をする。

「人間に必要な栄養素は、普段の食事で摂れていると思う。……ただ、ゴルバットの体に必要な栄養素までは足りてないんじゃねぇか?」


認めたくないけど一理あるかもしれない。

グリーンさんの言葉に何を思ったか、レッドが私の方へと体をよせてきた。

赤い瞳は怖いほど冷たい色をしていて、何を考えているのかわからない。
少し怯えた私が、瞳に映っている。
そんな私などお構いなしに、彼は更に距離を詰める。そして、自分の首元をはだけてみせた。

「……えーと、なんの真似でしょう?」

聞こえていないのだろうか。
彼は、私の首に腕を回し、残りの距離をゼロにした。
あらわになった彼の首元に私の顔を押し付ける。

何をしたいんだ、と抗議しようともがくと、冷ややかな言葉が落ちてくる。

「……ゴルバット。きゅうけつ」

我が耳を疑った。
自分の血を吸えと、レッドは言う。
私のことを思ってか、トレーナーとしての義務かはわからない。

どちらでも嫌だ。

そんなことをしてしまえば、私はいよいよ化け物だ。


頑張って首を動かし、グリーンさんに助けて欲しいと、目で訴える。

「ま、いいんじゃね?元気になるかもしれねぇし、試してみろよ。相手はコイツだし」

ニヤニヤと笑う。

冗談じゃない!


暴れようにも、体が言う事をきかない。





ふと、呼ばれた私の名。
電流が走ったように、体が痺れる。

……いやだ。


「…………俺に、きゅうけつ」


低く囁かれる命は、まるで毒のよう。
私の人である部分を、緩かに冒していく。
そして、それは私に人としての罪を犯させる。


……いやだ。


私の意思を無視して、口が開く。人にしては鋭過ぎる歯が、レッドのむき出しになった白い首にあたる。

触れた瞬間、自分が震えているのに気がついた。

彼を傷つけたくないから?
いや、心まで化け物になりたくないだけ。


……でも、このまま……体が動かないままが続いたら、私は生きていられるのだろうか?

「……大丈夫」

私を抱き締める彼の言葉は、私に都合のよいお菓子に変って溶けていく。

私は、死なない。
化け物にもならない。

甘い……でも、そうだと思い込む。思い込む。思い込む。


口の中に錆びた鉄のような味が広がる。
不思議と不快に思わなかった。



ただ、噛み付いた後の事はスッポリと記憶が抜けていて……気がつけば外は暗く、赤みを帯びた三日月が窓の外に不気味に浮かんでいた。

まるで、私を化け物だと、嘲笑うように……。


私を抱き締めるように寝ているレッドを見る。

どんなに変人でも彼の姿はやはり人。

それが羨ましくて、恋しくて、自分の中に“人”を取り込みたくて……、彼を抱き締め返した。


……私は、まだ人なんだろうか。