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悪夢+妄想=

忘れられた悪夢-その4



 私と蛭弧は薄暗い階段をひたすら下りていた。

 夢の中だというのに、はっきりとした世界だと思う。
 夢というのは、こうもはっきりと形になるモノだろうか‥‥?


 蛭弧の口数は少なかった。
 だから、こうした考えが頭を巡るのかもしれない。
 それにしても、黙々と階段を下るのはわりと退屈だな。

「どうやら、ついたようだね」

 長い階段に飽き飽きしていた私に気づいたのか、私の顔を見るなり蛭弧は苦笑した。

 ‥‥‥‥失礼なヤツだ。

 蛭弧が私の手を引き、階段の最終地点らしき部屋に導いた。

「くっくっくっくっ。これはまた、ずいぶんな部屋だ」
「‥‥‥‥‥‥」

 階段を下りたその部屋には、ズラリと鉄格子が並んでいた。
 ひんやりと冷たい空気で満たされ、血の臭いがわずかに漂っていた。

 この部屋を見て、楽しそうに蛭弧は笑う。
 一二三とはまた違う意味で、悪趣味なヤツだと思う。

「ん?‥‥この鉄格子の中にあるのは、さっきの部屋にあったのとは違う死体だね」

「‥‥‥‥‥‥」

 私は黙って一番近くにあったこの鉄格子に手をかけた。

 先程の部屋と同じく、声だけが聞こえてくる。

『薬だ!薬をよこせ!』

『それは私の薬です!やめて!お願い‥‥っ!』

『これさえあれば!俺はあと数週間は生きていけるっ!』

『‥‥返して下さいっ!返して下さいっ!‥‥それがないと私は!』

『黙ってろっ!』

『‥‥‥‥っ!』

 会話が途切れて、何か鈍い音が響いた。
 続いてどさりと何かが倒れる音。

 それだけで、もう何も聞こえてこない。


 これで、‥‥終わりということ、か?
 
「はは。音声だけのドラマとは‥‥なかなか愉快じゃないか」

「‥‥。着眼点が違うよ」

「‥‥‥‥‥‥あえてずらしてみた」

 口調とは裏腹に、私は吐き気を感じるほどの拒絶感を抱いていた。
 先程まで全然平気だったというのにどうして。

「意外と平気そうだね」

 平気じゃない。でもこの蛭弧に悟られるのは個人的に嫌だ。
 気にくわない一言が飛んでくるのが目に見えている。

 ここは根性入れて耐えなければ。

「おや。怖いのかい?」

 クスクスと笑いながら私の顔を伺ってくる蛭弧。

 ‥‥‥‥非常に不愉快だ。

「別にどうということはない」

「頑固だね」

「黙れ」

 クスクスと笑い続ける蛭弧。

「隣にも鉄格子があるね。引き返すかい?」

「引き返すか!」

 反射的に言い返した自分がちょっとマヌケだ。

 蛭弧のヤツは、わざわざ先に「進むか?」などということは聞かず「引き返すか?」と聞いてきた。

 明らかに私に対する挑発だった。
 だが、のってしまったからには、今更引き返すなどとは言えない。
 ‥‥絶対、言いたくない。

「‥‥どうせ次の鉄格子の中も死体だろう?」

「‥‥のようだね。でも、これは誰のだろうね?女の子の首だ」

 鉄格子の中を覗き込むと、中にはポツンと一つの首があった。
 当然。血があっちこっち散らばっているわけで‥‥。
 そう‥‥なんというか‥‥かなり‥‥

「まったく。どうしてこんなモノばかり‥‥。なんて悪趣味なんだろうな」

「君の悪夢だからね。仕方ないとは思わないかい?」

「‥‥‥‥‥」

 えー‥‥それは‥私も悪趣味ということか‥‥?
 私まで悪趣味の仲間入り‥‥絶対嫌だ。

「それにしても、何で君はここまで来て平然としていられるんだろうね」

「聞かれても困る。私も解らないのだからな」

「‥‥‥‥」

「どうした蛭弧?」

「いや。なるほどと思ってね」

「‥‥‥‥?」

「それよりも、鉄格子に触れてみないのかい?」

「今からするところだ」

 そっと手を触れてみる。
 手に冷たい感触が伝わり‥‥。



「‥‥‥‥‥‥何も起こらないようだが?」

 辺りはシンと静かなまま。
 先程のような声は聞こえてこない。

。この中に入ってみる気は?」

「全くない」

 こんなところに入りたがる趣味はない。
 ‥‥というより正直入りたくない。

「‥‥ならここまでか‥‥」

「何がだ?」

 さっきから一人納得している蛭弧。
 ‥‥少しは説明してくれてもいいだろう。

 少しムッとした顔つきで睨んでいると、蛭弧はまた苦笑した。
 そして真顔になって、私に、この夢の成り立ちに関する推測を教えてくれた。

「ここにある首は、幼いころの君の首を形作ったモノ。おそらく。過去の君が抱いた感情や、一部の記憶が具現化したモノだ。
 悪夢の記憶がなかった。‥‥それはこの鉄格子に閉じこめられているからだ。感情も記憶も閉じこめられたまま。夢を見ても現実には解き放たれない‥‥。
 それがこれだ」

 イマイチ理解しづらいが、私が悪夢を見ても覚えていないのは、この鉄格子の中の生首のせいということか‥‥?

「この鉄格子を壊せしてしまえば、君は悪夢を実感することになるだろうね」

「‥‥‥‥‥‥」

「くっくっくっくっくっくっ‥‥‥君は自分で自分を守るために、すでにできる限りの対策で悪夢を押さえつけていたというわけだ。‥‥無意識だろうけどね」

 ならば。蛭弧を連れてくる必要など無かったのだな。

「とはいえ。応急処置のようなモノ。わざわざ僕が来たんだから、選ばせてあげよう」

「何をだ?」

「このまま放置していても、別に大丈夫だとは思うけど。毎晩悪夢を見ても、気づかないままだ」

「‥‥‥‥寮の方には戻れないな」

 一二三によると、悪夢にうなされている私だから、一時的に追い出されたらしいからな。

「もう一つは、君自身がこの悪夢に終止符を打つということ」

「‥‥どうやってだ?」

「死体は火葬するに限るよ。この悪夢ごと全部焼き払ってしまおう」

「‥‥‥‥‥‥‥」

 確かに、こんな血みどろな所は焼き払うに限るかもしれないな。

「どうするんだい?」

 そう。焼き払うのが一番良いかもしれない。
 もう。悪夢にうなされることもない。

 でも、そうしたら誰がこの人達を覚えておいてくれるのだろう‥‥。

 変わり果てた姿のまま、私の悪夢に存在するこの人達。
 一応、両親だ。
 たとえ、他人に近くても私の両親だ。
 悪夢を焼き払ったら、この人達の存在は私の記憶から抹消されてしまう。



 ‥‥‥‥‥‥。

 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥。



「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥このままでいい」

 それが私の答えだ。
 夢の中だけでも、思い出してやろう。
 どうせ朝起きたら忘れていることだ。

「同情かい?」

「‥‥‥‥蛭弧の手を借りたくなかっただけだ」

 ‥‥‥‥といっても、今更だがな。

「‥‥‥‥まぁいいか。君が決めたことだ。
 ‥‥さぁ‥‥‥目覚めの時間だ」

 周りがぼやけていく。
 鉄格子も血の臭いも消えていく。


 あぁ、そうか。
 今、私がここに来たこと‥‥。
 おそらくまた忘れるのだろうな‥‥。



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