呪われてゴルバット

人間だって言ってるでしょ!

気が付くと、暗い闇の中を漂っていた。体中はズキズキと痛いのに、不思議と心は穏やかだった。

「……こい、ゴルバット」

つい先程聞いた声が、響いてきた。
自分が呼ばれているのだとわかる。私はそれに抗う事ができず、声の主の元へと飛び出した。


***


飛び出た先はポケモンセンターの中だった。
目の前には、私をギッタギタにしてくれた青年と、帽子の上に実行犯のピカチュウが乗っていた。
それらを認めて、私は彼らから慌てて距離をとった。
その様子に彼は首を傾げたが、特に気にする様子もなく、カウンターにいるジョーイさんに話しかけた。

「……お願いします」
「あら。珍しいポケモンね人間みたい」
「新種のゴルバット……の、ようです」
「流石、レッド君ね」

ジョーイさんは優しげな笑みを浮かべて、私においでおいでをする。
近付けば、彼女は優しそうに微笑み、私の頭をなでてくれた。

「ジ、ジョーイさん!私、ポケモンじゃないんです!人間です!」
「……え?」

頭をなでる手が止った。

私は泣きながら、事情を説明した。


***


「……そう、だったの」

ジョーイさんは、気の毒そうに私の頭をなでてくれた。
因みに、私を新種のゴルバットと勘違いしてゲットした青年、レッドは近くのソファーでピカチュウと戯れていた。
そんな事情、俺知らない。とにかくゲットしたんだから、俺のポケモンね。と、背中で語っていた。

「とにかく今は治療しましょう?もとに戻る方法を考えるのも大事だけど、今、貴方の体はボロボロよ」

こんなにもボロボロな原因は、レッドとピカチュウにある。
体力をギリギリさげるために、手加減されてるとはいえピカチュウの電気ショックを3回もくらったのだ。
たまったもんじゃない。

「そうそう。ゴルバットなんて呼べないわね。なんて名前なのかしら?」
です」
ちゃん。私の方でも祠の事調べて見るわ。だから元気出してね」
「ありがとうございます」

私はジョーイさんに連れられて、診察室へ向った。


***

治療が終わると、仕方なくレッドのもとへと戻った。
戻りたくないのに戻らなければいけない。
まるで見えない鎖に縛られているようだ。

ここはシロガネ山の麓にあるポケモンセンターらしく、その一室に泊ることになった。
何をどう間違えて、シロガネ山付近まで来ちゃったんだろう。
自分の方向感覚の無さに泣きたい。

この部屋にはベッドは1つ。チラリと見れば、レッドはピカチュウと一緒にいそいそと布団に入っていた。
私はそれを見届けると、彼らの前を横切った。窓際に腰掛け、月を見上げる。

何故だろう。全然眠くない。むしろギンギンに目が覚めていて、動き回りたいくらいだ。

「……ゴルバット」

まただ。彼は私をゴルバットと呼ぶ。私は人間のだと、何回言ったら分かるんだろう。
私はツーンと顔を合せないようにする。見えない鎖に従わさせられる事もあるが、私は従いたくなかった。
私は人間なんだから。

ややあって、また呼ばれる。

「……

今度は私の名だ。驚いて振り向いてしまった。
あれだけ人をポケモンポケモンと言っておいて、まさか人間の名で呼んでくれるとは思わなかったから。
人間だと認めてくれたのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
ピカチュウの反対側、布団を少し持ち上げて、ここにこいとポスポスと叩いている。
その扱いはどう考えても、人間じゃなくてポケモンなわけで……、

プイっ

当然、無視してやる。
名で呼んでくれたのは、私が反応しないから仕方なくといったところらしい。
それなら当然、無視だ無視。

そうやっていると、急に後ろから手が伸びてきて、私の腕を掴んだ。
振り払ってやろうとしたけど、捻りが入っていて上手く抗えない。
そのまま窓際から離され、ベッドへ投げるように連れ込まれる。
ベッドに連れ込まれる。と言っても彼の場合、男女といった下心はみじんもないさそうだ。拾ってきた猫が懐かない、でも一緒に寝るんだと、わがままを通す子供のようだ。
それを思えば、微笑ましいが、あいにく私は人間を捨てる気はないので笑えない。

「ちょっと!やめて!私はポケモンじゃないって何回も言ってるじゃない!」

無理矢理入れられた布団の中で暴れる。
しかし、ぎゅうと両方腕で抱き締められ、蟹バサミのように足で体を挟まれては打つ手がない。

ドドメは一言。

「じっとしていろ」

トレーナーの……いや、レッドの命令は絶対だというように、体が動かなくなる。
おとなしくなった私に満足したのか、腕が少しだけ緩み苦しくなくなった。
……逃げられない程度に、だか。

「……私、眠くないのに」

ぽつりと漏らした私の一言にレッドが反応した。

「……あぁ、夜行性」
「……え」


夜行性……って、まるでコウモリ。いや、認めないから。

「……これからは慣れろ」

レッドは眠そうな目で見つめ……否、命令すると、布団の奥へと潜り込んだ。
当たり前のように、私を道連れにして。

レッドの命令を聞いてやる気はないけど、これ以上人間離れしないためにも、ちゃんと朝起きて夜寝る生活を続けよう。
なかなか慣れそうにない、ギンギンに覚めた目で、私はそう思った。

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