呪われてゴルバット
愛って素晴らしい
マサラタウンは海に面した緑溢れる、ちょっぴり田舎の町だった。
二人ともポケモンから降りると、礼を述べてボールの中へと彼らを戻した。
「ここが俺たちの家があるマサラタウン。おいレッド、おばさんに顔見せてこいよ。俺は先に研究所に行ってるから」
そう言ってグリーンは、行ってしまった。
レッドは私の腕を掴むと、ある一軒の家へと向った。
表札を見ればレッドの名前。ここがレッドの家らしい。
「…………」
彼は無言でドアを開けると、当たり前のように入っていった。
いや自分家なら問題ないんだけどさ。ただいまとか言おうよ。
「おかえりなさいレッド。グリーン君から聞いてるわ。暫くはここにいるんでしょ?今夜はご馳走作るから……あら?」
気配を感じたのか、母親らしき人が笑顔を浮かべて玄関にやってきた。
そして私の存在に気が付くと、
「この子がちゃんね。息子が迷惑かけてごめんなさいね」
「……いえ」
「はい。かなり迷惑です」と答える代わりに、否定の言葉がするりと出てきた。
お日様のように暖かく優しそうな母親に「お宅の息子、迷惑です。なんとかして下さい」なんて言えない。
苦笑いを浮かべていると、レッドがすっと母親の前に進み出て、じっと彼女を見つめた。
「…………」
何か言いたい事でもあるのだろうかと、首を傾げていると、彼の母親は理解したらしく、にこやかに口を開いた。
「あらそう。ちゃんを診てもらいに行くのね。暗くならないうちに帰って来るのよ」
「……え?」
今、レッドは何か話しただろうか?否、三点リーダーが四つばかり並んだだけ。流石母親と言うべきかもしれない。
「そうだ。夕飯にグリーン君も呼んでいらっしゃい。いつもお世話になってるんだから」
「…………」
「そんなこと言わないの。ほら、いってらっしゃい」
そんな笑顔に押し出され、荷物を置くと、すぐに研究所に向った。
***
マサラタウンの中で一番大きな建物、それがオーキド研究所。
グリーンさんは、あの有名なオーキド博士の孫にあたるらしい。
中に入ると白衣を着た研究員の人達が、何やら作業をしていた。
邪魔にならないように、奥へと進むと、彼らと同じく白衣を着たグリーンの姿があった。
「なんだ。結構早かったじゃねーか」
「…………」
「ん?あぁ、暗くならないうちに帰るのか。……え、俺も夕飯食べに行っても良いのか?」
なんというかデジャブ。
……これでもやっぱり、ちゃんと会話が成立しているらしい。
私には、サッパリわからないけど。
「ん?どうした。難しい顔して」
「……愛って素晴らしいですね」
母親のみならず、幼馴染みの愛も深く半端ない。
「なんだお前、寂しいのかよ?」
勘違いしたグリーンさんは、よしよしと私の髪をぐちゃぐちゃにする。
「お前にもちゃんと愛してくれているヤツがいるだろ?」
にやにやと笑うグリーンさんの視線の先には「この胸に飛び込んでおいで」とでもいうように両腕を開いて待機しているレッドの姿が……。
…………誰が飛び込むものか。
バシッと私の髪を乱しているグリーンの手をはたき落とすと、そっぽを向いた。
すると、せっかく開いた両腕の淋しさを埋めようとしてか、レッドは両腕を開いたまま私の元までやってきて、無理矢理抱き締めにかかった。
「ちょっと!」
「…………」
「『俺がお前を愛してる。寂しがるな』だってさ。ヒュ〜♪愛の告白だな」
実に楽しそうにグリーンさんは笑う。
「んな通訳いいですから、なんとかして下さい」
レッドから離れようとぐっと押すが、まるで効果なし。
「別に、寂しいとか愛して欲しいとかじゃないんだから!」
「お、典型的ツンデレな台詞」
グリーンさんは一層おかしそうに笑う。
「なっ!勘違いしないで!」
「ぷっ……!お前、ワザと言ってんじゃねーだろうな」
彼はとうとうお腹を抱えだした。
……失礼な!
「……あーハイハイ。レッド、その辺にしとけ。早めに用事済せて帰るんだろ?」
ようやく、渋々だが開放してくれた。
「さてと、んじゃまずは基本、身体検査からな」
やる気満々のグリーンさんに違和感。
「……あの、グリーンさんが診るんですか?」
「そうだけど?」
「かの有名なオーキド博士は?」
てっきり博士に診せるつもりでいたのかと。
「丁度、学会に行ってて、暫く留守。どーせ最初は基本的なデータをとるだけだし、俺で十分」
……いや、そういう意味じゃなくて……年の近い異性に身体検査してもらうのって、流石の私も……ちょっと……。
「それじゃ、まずは体重から測るか」
ニヤリと嫌な笑みを浮かべてグリーンは言った。
……どうしよう。嫌な予感しかしない。